ウィーンのカフェハウスは、トルコのウィーン包囲戦の際にコシルツキーがトルコ軍の忘れていったコーヒー豆を発見したことに始まると言われる。19世紀にはウィーンのカフェ文化は文化生活の中心であった。多くのカフェは当時と変わらぬ姿で現在でも多くの観光客を惹きつけている。なお、天津に天津飯が存在しないのと同様、ウイーンにもウィンナ・コーヒーなるものは存在しない。
ウィーンの代表的カフェハウス
Sacher オペラ座の裏にある。ザッハートルテの元祖。
Demel 東京の表参道に支店あり。旧皇室御用達(k.u.k.)
Heiner ここも旧皇室御用達(k.u.k.)
Central ペーター・アルテンベルク、アルフレート・ポルガー、エゴン・フリーデルなど多くの「カフェ文士」が愛用。ポルガーに『カフェ・ツェントラールの理論』なる文章がある。
Griensteidl フーゴ・フォン・ホーフマンスタールなど多くの世紀末ウィーンの文人・芸術家が愛用。
Schwarzenberg 楽友協会やホテルインペリアルに近い。リンク沿いにある由緒あるカフェ。
Schottenring リンク通り沿いで最も歴史のあるカフェ
Alt Wien 内装など、文字通り古さを感じさせる店
Oberlaa 歴史は古くないが、ウィーン市内に多くの支店をもつ人気のカフェハウス。
Hawelka 旧市街の中心部にあり、開店以来内装を変更していないことでも有名。
Museum アドルフ・ロースによる開店当時の内装のままに復元されたカフェ。グスタフ・クリムトはじめ世紀末ウィーンの建築家や画家が多く出入りしていた。
Tirolerhof 自家製のApfelstrudelが人気。
Mozart オペラ座裏。現在ブルグガルテンにあるモーツァルト像はかつてこのカフェの目の前にあった。
Braunerhof ヴィトゲンシュタインが常連だったという。
Gerstner KHM(美術史博物館)内に支店がある。
Sperl
美術館・博物館ウィーン美術史美術館ウィーン軍事史博物館
ウィーンの歴史を反映して多数の美術館・博物館がある。
美術史美術館 - コレクションの一部はエフェソス博物館などの分館にも展示。
自然史博物館
アルベルティーナ
リヒテンシュタイン美術館
オーストリア・ギャラリー(ベルヴェデーレ) - ベルヴェデーレ宮殿の上宮にある。クリムトをはじめ、オーストリアの画家の作品を集めた美術館。
レオポルド美術館 - シーレのコレクションでは世界最大のもの。ユダヤ人の眼科医レオポルド博士のコレクションを、オーストリア政府が買い取り美術館に。
ルードヴィヒ財団現代美術館 MQ(MuseumsQuartier)内。
造形美術アカデミー絵画館 - 造形美術アカデミー(美術学校)の学内にあり、ヒエロニムス・ボスのコレクションが有名。かつてヒトラーはこの美術アカデミーの受験に失敗した。
オーストリア応用美術博物館(MAK)
ウィーン軍事史博物館
ウィーン民俗博物館
ウィーン路面電車博物館
オーストリア演劇博物館
ウィーン犯罪博物館
エスペラント&地球儀博物館
エッセルコレクション ウィーン北郊クロスターノイブルクにある現代美術館。Baumaxの創業者エッセル氏により建てられた。
エゴン・シーレ美術館 - シーレの出身地トゥルン(ウィーン郊外)にあり、デッサンなど小品が年代順に並んでいる。
関連項目
ウィーン学団
ウィーン学派
ウィーン分離派
ビーダーマイヤー
世紀末ウィーン
教育ウィーン大学
1365年創立のウィーン大学は現在のドイツ語圏最古(プラハのカレル大学が創設時はドイツ語圏)・最大の大学であり、教官や卒業生から11名のノーベル賞受賞者を輩出している。エゴン・シーレらの出身校であるウィーン美術アカデミーはヒトラーが受験して合格できなかったため、後に独裁者になる道を開いてしまったことでも知られる。サリエリが初代学長だった歴史があるウィーン国立音楽大学および、戦後市によって設立されたウィーン音楽院は多くの著名なクラシック音楽の演奏家を輩出している。この他に国立大学としてはウィーン経済大学、ウィーン工科大学、ウィーン農科大学、ウィーン医科大学(旧ウィーン大学医学部)、ウィーン獣医大学、クリムトの出身校であるウィーン応用美術大学がある。かつてウィーン大学医学部は医学研究において世界的な中心のひとつであり、日本からも斎藤茂吉らが留学した。 しかし、第二次大戦後はユダヤ人学者が流出したことや鉄のカーテンにより東欧からの人材の流入がとまったことや、アメリカの大学が発展をとげたことにより、学問の中心としてのウィーンはその地位を失った。 現在、再び東欧圏などからの学生の流入が多くなり学生数は著しく増加傾向にある。