ウィンストン・スペンサー=チャーチル
Sir Winston Leonard Spencer-Churchill
イギリス第61代首相
任期:1940年5月10日 ? 1945年7月27日
イギリス第63代首相
任期:1951年10月26日 ? 1955年4月7日
出生:1874年11月30日
オクソン、ウッドストック
死去:1965年1月24日(満90歳没)
政党:保守党、自由党
ノーベル賞受賞者
受賞年: 1953年
受賞部門: ノーベル文学賞
受賞理由:
サー・ウィンストン・レナード・スペンサー=チャーチル(Sir Winston Leonard Spencer-Churchill, 1874年11月30日 - 1965年1月24日)は、イギリスの政治家。1940年から1945年にかけてイギリス戦時内閣の首相としてイギリス国民を指導し、第二次世界大戦を勝利に導く。大戦終結後に再び首相となる。
彼の家名(ファミリーネーム)は単に「チャーチル」と呼ばれることが圧倒的に多いが、正式には「スペンサー=チャーチル」という複合姓(二重姓)である。 フランクリン・ルーズベルト、ダグラス・マッカーサーとは遠戚関係にある。 2002年、BBCが行った「偉大な英国人」投票で第1位となった。
目次
1 生涯
1.1 出自と幼年期
1.2 政界入り
1.3 第一次世界大戦期
1.4 第二次世界大戦期
1.5 冷戦期
2 寸評
3 備考
4 語録
5 架空の名言
6 著書
7 参考文献
8 関連項目
9 脚注
10 外部リンク
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チャーチルは、1874年11月30日にオックスフォードシャー州ウッドストックのブレナム宮殿に生まれた。ブレナム宮殿は、スペンサー=チャーチル家の祖先マールバラ公ジョン・チャーチルが、スペイン継承戦争中のブレンハイムの戦いで立てた戦功によって当時のアン女王から贈られた大邸宅である。
父ランドルフ・チャーチルは第7代マールバラ公の息子で、保守党の領袖であり蔵相をつとめた政治家であった。また、母はアメリカの銀行家レナード・ジェロームの娘で、社交界の花形であったジャネット(ジェニー)である。
幼年時代に寄宿学校(ハーロー校)に入れられ、厳格な教育を受けた。生来は左利きだったが右利きになることを強要され、後遺症に苦しめられる。彼の学校時代の成績は終始ふるわず、士官学校に入るのにすらたいへんな時間がかかった。