形態的な違い
C型のウイルス粒子では、電子顕微鏡下でエンベロープ上の分子であるHEが6角形に配列するのが観察される。A型、B型ではこれが認められず、A型とB型は形態上では見分けがつかない。
C型ではウイルス粒子の繊維状形態が特に顕著に観察される。
遺伝子上の違い
A型、B型のゲノムは8分節(HA, NA, PA, PB1, PB2, M, NP, NS)、C型のゲノムは7分節(HE, PA, PB1, PB2, M, NP, NS)
A型のNA分節にはNA一遺伝子のみがコードされているが、B型ではNAとNBの2つの遺伝子がコードされている。
A型のM分節からはスプライシングによってM1とM2の2つのタンパクを生じるが、B型ではM1とBM2というそれぞれORFを持った2つの遺伝子がコードされており、スプライシングを起こさない
また、同じA、B、C型のウイルス同士であっても、エンベロープ表面上の分子であるヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)の(C型ではヘマグルチニン?エステラーゼ, HE)抗原性の違いから、それぞれ複数の亜型と株に分類されている。
A型インフルエンザウイルスは特に型の内部でのHAとNAの違いが大きい。抗原性の大きな違いからこれまで16種類のHAと9種類のNAが報告されており (1999年にスウェーデンで捕獲されたユリカモメからそれまで知られていた15種類とは異なるHAが見出され、2005年に16番目のHAとして報告された)、その組み合わせによってH1N1?H16N9までに分類される。この分類を亜型と呼ぶ。A型インフルエンザウイルスでは亜型が異なると、宿主となる生物種が異なる場合がある。B型のHAとNAおよびC型のHEは、A型に比べると多様性が低く、亜型による分類は行われない。
同じ型、同じ亜型の内部であってもHAとNAには小さな変異がある。流行を起こすウイルスには地域や年度によって違いがあり、株として分離された場所と年度によって命名・分類される。この分類によってインフルエンザウイルスのウイルス株は「A/ニワトリ/香港/258/97(H5N1)」「A/ワシントン/1/33(H1N1)」「B/上海/361/2002」のように、「A、B、Cいずれの属か」「分離された生物種(ヒトの場合は省略)」「分離された場所」「分離された順番」「分離された年度(1999年までの場合は西暦の下2桁、2000年以降は西暦の4桁)」の順に表記し、A型の場合は、最後に括弧内にHAとNAの抗原型を書くかたちで表わされる。
A型インフルエンザウイルスは、毎年流行する亜型や株が異なるが、一シーズンについて見ると流行しているウイルス(流行株)は、世界各地でほぼ同一であり、同時に流行しているのは数種類にとどまる。この特徴は、ワクチンによる予防を行う上でも重要であり、発生が早かった地域でのウイルス検出情報から、その年に流行する株に有効なワクチンが予測され接種されている。一方、B型インフルエンザウイルスにはこのような特徴はあまり見られず、変異の幅が少ないながら多種類の株が同時に流行する傾向がある。
歴史1918年から1919年にかけてのスペインかぜの死者数の推移 1918年10月から11月にかけて、ニューヨーク、ロンドン、パリ、ベルリンにおいて死者が急増している
インフルエンザと人類の関わりは古く、古代エジプト時代にはすでにこの感染症が知られていたことが記録に残っている。1876年のコッホによる炭疽菌の発見以降、さまざまな感染症についてその病原体が分離・発見されていったが、インフルエンザ病原体の発見は困難をきわめた。
1892年、北里柴三郎らがインフルエンザ患者の気道から病原体の候補となる細菌を分離し、Haemophillus influenzae(インフルエンザ菌)と名付けたが、コッホの原則に基づいた証明には至らなかった。当時はまだウイルス自体が認知されておらず、ディミトリ・イワノフスキーによってウイルスの存在が初めて報告されたのが、北里の発見と同じ1892年のことである。
1918年から1919年にかけて、スペインかぜの大流行が発生。人類は初めてインフルエンザの世界的大流行に遭遇した。このときの感染者数は6億人、死者は4000-5000万人にのぼると言われるが、候補となる細菌やウイルスが報告されたものの、マウスやウサギなどの一般的な実験動物で病気を再現することができなかったため、その病原体の証明には誰も成功しなかった。
1933年、ワシントンで発生したインフルエンザの患者から分離されたウイルスを使って、フェレットの気道に感染させてヒトのインフルエンザとよく似た症状を再現できることが実験的に示された。この実験によって、インフルエンザの病原体がウイルスであることが明らかとなり、インフルエンザウイルス(後にA型インフルエンザウイルス)と名付けられた。後に、この当時の流行株に対する抗体が、スペインかぜのときに採取されていた患者血清から検出され、スペインかぜの病原体がこれと同じもの(H1N1亜型のA型インフルエンザウイルス)であることが明らかになった。
1940年、インフルエンザ患者から従来とは抗原性が異なるウイルスが分離され、B型インフルエンザウイルスと名付けられた。
1946年、鼻かぜ症状を呈した患者からA、B型と異なるウイルスが分離され、1950年に病原性が証明されてC型インフルエンザウイルスと名付けられた。
1957年、アジアかぜが世界的大流行を起こす。それまで流行していたH1N1亜型とは異なり、H2N2亜型に属する新型ウイルスであることが明らかになった。同時にH1N1亜型のものは姿を消した。
1968年、香港かぜの世界的大流行。H3N2亜型に属する新型ウイルスであった。同時にH2N2亜型のものは姿を消した。
1977年、ソ連かぜが流行。これはスペインかぜと同じH1N1亜型に属するものであった。アジアかぜ以降姿を消していたH1N1型が再び出現した理由は明らかになっていない(一説には、アザラシなどヒト以外の生物が保存していたためとも言われている)。このときはH3N2亜型は姿を消すことなく、以後H1N1とH3N2が毎年流行を起こすようになっている。
1997年、香港でH5N1亜型という新型の、しかも高病原性インフルエンザウイルスが、トリからヒトに直接感染して死者が発生した。トリからヒトへの直接感染は起きないというそれまでの定説を覆すものであり、世界的大流行が危惧されたが、ヒトの間での伝染力が低かったため大流行には至らなかった。
2001年、欧米や北アフリカ、中近東の数カ国でH1N2亜型に属するウイルスがヒトの間で流行していることが確認された。これはH1N1亜型のH1とH3N2亜型のN2を併せ持ったウイルスであった。2006年現在、流行は小規模にとどまり、H1N1やH3N2に取って代わるほどの勢いはない。
A型インフルエンザウイルスは、インフルエンザウイルスの中で最初に発見され、流行の規模や感染時の被害が大きいため、もっとも研究が進んでいる。