A型インフルエンザウイルスは、ヒトやブタでは気道上皮細胞に、トリでは大腸の上皮細胞に感染して増殖する。また実験室的には、ふ化鶏卵と呼ばれるふ化途中の有精鶏卵の、漿尿液の部分にウイルスを接種して大量に培養することが可能であり、インフルエンザワクチンの製造に用いられている。また、さまざまな動物培養細胞に感染させる実験系も確立されている。
特に実験室的に増殖させる場合、最初はすべて感染性のあるウイルスであったものが、次第に感染性を持たない不完全なウイルス粒子(欠損粒子、DI粒子)に置き換わっていく現象が見られることがある。これは自家干渉と呼ばれ、インフルエンザウイルス以外のウイルスにも見られる現象であるが、インフルエンザウイルスの場合は特にこれをvon Magnus現象(フォン・マグナスげんしょう)と呼ぶ。これは特に、高濃度のウイルスを継代していく場合によく見られる現象で、一つの細胞に複数のウイルスが感染する際、そのうちの一つが完全であれば、残りのウイルスは不完全なものであっても増殖が可能で、次第に後者が優勢になっていくためである。インフルエンザウイルスの増殖
A型インフルエンザウイルスの増殖過程を、以下に詳述する。
体内に侵入したウイルスは、まず標的になる宿主細胞の表面に吸着する。この過程において重要な役割をするのがヘマグルチニンである。
A型インフルエンザウイルスのヘマグルチニンは、さまざまな細胞表面に存在する糖タンパク質の糖鎖の、シアル酸(N-アセチルノイラミン酸)残基と結合する性質を持ち、感染の最初のステップとして標的になる細胞の表面に強く結合する役割を担った吸着因子である。
ヘマグルチニンが結合するシアル酸はウイルスに対するレセプターにあたるが、ヘマグルチニンとレセプターの結合にはシアル酸残基の有無だけでなく、糖鎖においてシアル酸と結合しているガラクトースの結合位置も同時に重要である。糖鎖におけるシアル酸とガラクトースの結合様式は宿主である生物種によって異なり、またウイルスの変異型によってヘマグルチニンが結合しうるシアル酸残基が異なるため、A型インフルエンザウイルスが感染しうる宿主には違いが生じる。
ヒト由来のインフルエンザウイルスのヘマグルチニンは、シアル酸とガラクトースがα2→6結合したものだけを認識するが、トリ由来のウイルスはα2→3結合したものだけを認識する。そして、ヒトの気道上皮細胞ではα2→6型の糖鎖だけが発現しており、一方、トリの大腸上皮細胞では大部分がα2→3型である。このため両者は互いに交差的には感染せず、トリ由来のウイルスが直接ヒトの間で流行することがなく、その逆もまた起こらない最大の理由だと考えられている。ブタの気道上皮細胞には、α2→3型とα2→6型の両方の糖鎖が発現しているため、ブタにはヒトとトリ両方のウイルスが同時に感染しうる。このことによって、ブタの体内ではヒトとトリ由来ウイルスの「合いの子」が生まれ、これが新型インフルエンザウイルス出現の一因になると言われる。また、ヒトの一部には遺伝的にα2→3型の糖鎖を持った人も存在することも報告されており、これらのヒトには直接トリ由来ウイルスが感染しうるが、大部分の(α2→6型糖鎖を持つ)ヒトの間での大流行にはつながらない。これが1997年以降、香港や東南アジアで発生しているトリインフルエンザのヒトへの感染の原因ではないかと考えられている。
ヘマグルチニンによって細胞表面に吸着したウイルス粒子は、そこから細胞内部に侵入する。インフルエンザウイルスでは、この過程は宿主細胞のエンドサイトーシスによって行われる。ウイルス粒子が結合した部分の細胞膜は徐々に内部に向けて陥没し、それを細胞内から裏打ちするようにクラスリンと呼ばれるタンパク質が集まってくる。そして最終的に、ウイルス粒子は、細胞膜に由来する脂質二重膜と、さらにそれをクラスリンが取り囲んだクラスリン被覆小胞(chlathrin-coated vesicle)と呼ばれる小胞に包まれた形で、細胞質に取り込まれる。この過程は、宿主の持つ生理機構であり、ウイルス粒子は「侵入」というよりも、いわば受動的に取り込まれる。
エンドサイトーシスは本来、細胞表面の異物などをクラスリン被覆小胞によって取り込んで分解するために細胞に備わった機構である。取り込まれた小胞はエンドソームと膜融合し、エンドソーム内部にあるタンパク質分解酵素などの働きで小胞内の異物を分解する仕組みであるが、インフルエンザウイルスはこの過程から巧みに逃れて、ウイルス粒子から遺伝子だけを取り出す(脱殻する)と同時にそれを細胞質に放出する。
脱殻の過程で重要な働きをするタンパク質の一つはM2タンパク質である。M2タンパク質はエンベロープ上に発現するイオンチャネル型の膜タンパク質である。ヘマグルチニンやノイラミニダーゼと比べると数が少なく、突出も小さいため、通常はスパイクタンパク質には含めない。
M2タンパク質は水素イオンを選択的に通過させるイオンチャネルであるが、その作用はエンベロープ外の水素イオン濃度に依存する。外側の水素イオン濃度が高い、すなわちpHが低い状態になると、M2タンパク質が開いてウイルス粒子内部に水素イオンが流れ込む。ウイルス粒子を含んだクラスリン被覆小胞はエンドサイトーシスの経路に従って、内部の異物を消化するためにエンドソームと融合するが、その内部が酸性(〜pH5.5)であるため、膜融合がおきるとM2タンパク質が活性化してウイルス粒子内部に水素イオンが流れ込む。するとウイルス粒子内部が酸性化して、それまで構造を保っていたM1タンパク質(実質的な殻に当たる)が、もはや構造を保てなくなり、また同時にウイルス核酸複合体に結合していたM1タンパク質が外れて脱殻を起こす。抗インフルエンザ薬であるアマンタジンは、このM2タンパク質のイオンチャネル作用を阻害することで、ウイルスの増殖を抑制する。
ただしウイルス核酸が実際に細胞質に放出されるには、これに加えてヘマグルチニンのもう一つの性状が重要になっている。ウイルス粒子表面のヘマグルチニンは、最初HA0と呼ばれる一つのタンパク質であるが、気道や消化管の細胞や黄色ブドウ球菌などの細菌が分泌するタンパク質分解酵素の働きによって切断され、HA1とHA2という二つのタンパク質になる。この現象をHAの開裂と呼ぶ。HAの開裂は、ウイルスの吸着や細胞内への取り込みには関係がないが、その後、ウイルス粒子が細胞内部で分解されてウイルス遺伝子を放出する脱殻の過程には必須である。HAが開裂するとその立体構造が崩れるため、ウイルス粒子が壊れやすくなるが、HA0の状態のウイルスでは強い立体構造のままであり脱殻が正常に起こらないため、その後のウイルスの増殖が起こらない。インフルエンザウイルスが、ヒトでは呼吸器に、トリでは消化管に感染する理由は、レセプターの発現の有無に加えて、このタンパク質分解酵素が存在するかどうかも重要であると考えられており、ヒトにおいては、気道に存在するクララ細胞が分泌するトリプターゼ・クララというタンパク質分解酵素やプラスミンが、この役割を担っていると言われる。また、黄色ブドウ球菌などの細菌とインフルエンザウイルスの混合感染が起きると重篤化しやすいことも、HAの開裂から説明される。
しかし、インフルエンザウイルスの一部には、これらの特殊なタンパク質分解酵素に頼らずとも、細胞内に存在する通常のタンパク質分解酵素によって容易にHAの開裂を起こすものがある。このようなウイルスは気道や消化管だけでなく全身の細胞で増殖できるために、急激かつ重篤な感染を起こす。強毒型あるいは高病原性インフルエンザウイルスとよばれるものには、このように変異したHAを持つものが多いことが判っており、ニワトリに大量死を発生させる高病原性トリインフルエンザがこの代表例である。ヒト由来のウイルスはほぼすべて弱毒型であるが、唯一、1997年に香港で発生したH5N1亜型が高病原性であった。
細胞質に放出されたウイルス遺伝子にはNP・PA・PB1・PB2が結合してリボ核タンパク質(RNP)の状態にあるが、次にこの複合体は核内に移行し(NPの作用と考えられている)、そこでタンパク質合成のためのmRNA合成と、ウイルス遺伝子の複製が行われる。
インフルエンザウイルスの遺伝子はマイナス鎖の一本鎖RNAであり、それ自身はmRNAとしての活性を持たない(タンパク質に翻訳不能である)。mRNAはウイルス遺伝子を鋳型にして複製することで合成されるが、この複製はウイルス自身の持つRNA依存RNAポリメラーゼによって行われる。