ラコタ・スー族の『ワカン・タンカ』( ⇒Wakan Tanka)のような『偉大なる精霊』を信仰する精霊崇拝が基本である。バッファロー・ダンスやベアー・ダンスで毛皮を被るが、踊りには仮面は使わない。「白いバッファロー」は大精霊の使いであると考える。
死ねば無条件で「狩猟の楽園」へ行くことができ、このため、今世は楽しみごとに費やすべきだと考えた。ただ、大自然の力は放置すると衰退するとして、スー族やシャイアン族、カイオワ族など平原部族の多くは、毎年夏至の頃に、大自然の回復と部族の繁栄を祈祷し、誓いを立てて大精霊に祈りを捧げるサン・ダンスの儀式を行う。
「サン・ダンス」とは、スー族の言葉「ウィンワンヤンク・ワチピ(太陽を見つめる踊り)」の訳で、とくにスー族は、ピアッシング(胸または背の皮膚に穴を開けて鷲の羽根を突き通したり、骨製の棒を通して広場の中央に立てられたハコヤナギのサン・ポール(太陽の柱)と皮のロープで身体を結びつけ、メディスンマンの合図で皮膚がちぎれるまで太陽を見つめながら踊ったり走ることで、大精霊に自らの肉体を捧げる苦行)を行う(上図)。このピアッシングの苦行はマンダン族が始祖とされる。
サンダンスでピアッシングの誓いを立てた者は、翌年から毎年都合四回、必ずこれを行わなくてはならない。スー族の呪い師ピート・キャッチーズは、サン・ダンスを「全ての儀式の“祖父”である」と述べている。かつて白人によってピアッシングの苦行は野蛮な行為として弾圧を受けたが、レッド・パワーとともにスー族の伝統派によって全米に広められた。
物心がついた男子は、呪い師と近親者に伴われて聖山に分け入り、四昼夜(女子は二昼夜)独りで「幻視を得る儀式(ヴィジョン・クエスト)」を行い、啓示を得る。この習慣は近年、全ての儀式の前に行う「発汗小屋(スエット・ロッジ)」の儀式と併せてますます盛んである。
人間の生贄の風習はなかったが、農耕民でもあったポーニー族やオーセージ族は、例外的に収穫祈念のため人身御供を行った。生贄には他部族の男女が使われた。
平原部族の多くは、遺体を毛布でぐるぐる巻きにして樹上に載せて葬送した。マンダン族などは、いつでも故人に会いに行けるよう墓に頭蓋骨を並べた。これらの風習は、キリスト教の強制もあったが、遺体が白人によって持ち去られて大学の研究物にされたり、見世物に売られたりしたため、19世紀末には急速に廃れていった。
男子が装う羽根冠や化粧は、本来儀式での正装であって、天上の大精霊にしっかりと自分を見知ってもらうためのものであり、戦いのためのものではない。羽根冠や化粧を白人が「ウォー・ボンネット」とか「ウォー・ペイント」と呼ぶのは誤りである。
クラン(氏族)を中心とした、農耕と狩猟に関係した精霊群への祈祷が基本である。ムスコギー族やセミノール族は、地元で採れるヤポンノキ(Yaupon、 ⇒Ilex vomitoria)の葉を煎じた黒い飲み物「ブラック・ドリンク」を儀式の際に飲用する。この飲み物は儀式にとって非常に重要で、オクラホマに強制移住させられたグループは、代替物を煎じている。セミノール族の英雄オセオーラの名は、この「黒い飲料」の儀式の「音頭をとる者」という意味である。
アタカパ族やカランカワ族は、敵対者や指導者の心臓や肉を、パワーを得るものとして宗教的に食した。このため、「人食い人種」と誤解された。
大西洋岸からミシシッピー沿岸にかけては、約二千年前に「マウント・ビルダー」と呼ばれた部族群が、数100bもある動物を象った、無数の土塁・塚を建造している。その直系であるナチェズ族は、18世紀にフランス人に文明を破壊されるまで、インカやマヤのように太陽神を頂き、都市を築いてピラミッド型の神殿をいくつも建造していた。「神官・僧侶」の社会階級を持っていたのは北米でナッチェズ族だけである。
ゴースト・ダンスサウスダコタ州パイン・リッジにおけるオガララ・ラコタ族によるゴーストダンス、 ⇒フレデリック・レミントン画
19世紀末に、パイユート族の預言者ウォボカが教祖となって始まった信仰である。ゴースト・シャツと呼ばれる聖なる衣服を身にまとい、死者の霊の歌を歌いながら男女が手を繋ぎ、円を描いてぐるぐると回ることで、信者の衣服は白人の弾を跳ね返すようになり、さらにはバッファローの群れなす大草原が還ってくるという教義は、保留地への強制移住によって飢餓状態に陥ったインディアン達により熱狂的に支持され、大平原、さらに北西部に瞬く間に広がっていった。
弾丸を通さなくなるというゴースト・シャツの教義を始めたのは、スー族の呪い師キッキング・ベアだった。このため、白人政府は、この教義でインディアンがより反抗的になるとして、ことにスー族に対し徹底的に弾圧を加え、ウーンデッド・ニーの虐殺が起こった。この大虐殺で、信者が弾丸によって全滅してしまったことで、ゴーストダンスは急速に廃れていった。100年を経ても白人が、銃弾を厭わなくなるこの教義をいかに恐れているかは、スー族の伝統派やAIMが1973年のウンデッド・ニーの占拠の際や1975年に、ウンデット・ニーでゴースト・ダンスを復活させた際、FBI捜査官が繁みに隠れてこれを監視していたことからも推し量れる。
テキサス州のカド族保留地(カドハダチョ連邦)では、ゴースト・ダンスは弾圧の対象とならず、現在まで続く年中行事である。ただ、踊りの作法などが違っており、厳密に上記の儀式と同じものかは分からない。
インディアンは自らの宗教を実践するのに連邦の許可証を必要とする、アメリカ合衆国唯一の民族集団である。「鷲の羽法( ⇒Eagle feather law)」は、連邦が承認する部族を祖先に持つことが証明可能な個人だけが、ハクトウワシとイヌワシの羽を宗教的または霊的に使用する権限を与えられることを規定している。インディアンと非インディアンの両者とも、法が人種差別的で部族の主権を侵害しているとして、たびたびこの「鷲の羽法」の価値と妥当性を争ってきた。インディアンが非インディアンに鷲の羽を与えることは昔から行われてきた慣習であり、同法はこれを禁じているが、形骸化している。
備考ラコタ族の聖なるパイプ(柄のみ)
インディアンにとって聖なる数は「4」である。この数は、全ての真理の基本とされる。
インディアンの宗教的指導者は、英語では一般に『メディスンマン』と呼ばれており、人類学ではシャーマンの一種に分類される。
多くのインディアンが、部族の宗教儀礼に参加することを、宗教というよりはむしろスピリチュアリティの一つの形ととらえているが、実際には宗教(religion)とスピリチュアリティ(spirituality)はしばしば同義に用いられる。
どんな部族でも儀式の際には、「ピースパイプ」または「メディスンパイプ」と呼ばれる聖なるパイプを用いた喫煙が行われる。