南西部のプエブロ諸族の集落の中心にはアドベの古い伝道所があることが多い。元々はスペイン人の宣教師が先住民の改宗のために強制的に建てさせたものだが、現在では農耕と関係した精霊群への神聖な儀式の執り行われる祈祷所となっており、部外者による写真撮影などは禁止されている。
また、プエブロ諸族の村々の中心部には古代からキヴァという地下祈祷所があり、トウモロコシの作付け・収穫などを中心とした祈祷が、年中行事として行われている。平原部族が命の糧であるバッファロ-の精霊を信仰するのに対し、プエブロ族は彼らの命の糧であるトウモロコシを神格化した「トウモロコシの乙女たち」(Corn Maiden)や「トウモロコシの母」(Corn Mother)を信仰するのである。 17世紀にはスペイン人宣教師たちによってキヴァは「悪魔の巣窟」として破壊された。同時に神聖な仮面が焼き払われ、呪い師や司祭も殺戮されて、ついにはプエブロの反乱を引き起こした。20世紀に入ってもキヴァを用いた行事は弾圧され続けた。現在もキヴァでの祈祷行事は、部族民以外非公開である。カチーナを模した人形
アパッチ族は、『ガン』と呼ばれる山の精霊を信仰し、覆面をした『ガン・ダンサー』による祈祷の踊りを捧げる。また、ナバホ族は、彼らの神話に基づき『イェイビチェイ』という精霊達の行進行事を数日かけ行う。ホピ族とズニ族はカチーナという精霊群を信仰する。クラン(氏族)を中心とし、いずれも仮面行事である。
プエブロ族、ホピ族、ズニ族に共通する神話のモチーフは、「世界が一度滅び、第二世代の先祖が地底から現れ現在の始祖となった」というものである。ナバホ族(南西部では歴史的には新参者である)の神話は、プエブロ族のものの「借り物」であるとされる。
生まれたときに祖父から与えられる守護動物のお守り「フェティッシュ」の習慣が根強い。
ニューメキシコ州では特に、スペイン人の宣教師によってもたらされたカトリックと先住民の宗教の習合がよく見られる。 この背景には、かつてキリスト教のみを強制してプエブロの反乱となったことを踏まえ、宣教師達が部族民の古来の信仰に対して妥協したことがある。文化学者マチルダ・スチーブンソンはこう報告している。「プエブロの人々は表向きはカトリックと自称している。しかし、神父たちがいなくなれば、彼らは古来の儀式を始めるのだ」
特定の守護聖人を持つプエブロは、守護聖人の聖日を特別な料理を作って祝い、プエブロを訪れた観光客にも振る舞う。プエブロ民族のドラム演奏、詠唱、および舞踊は、サンタフェの聖フランシス大聖堂での定期的なミサの一部ともなっている[1]。
クラン(氏族)を中心とした、農耕と狩猟に関係した精霊群への祈祷が基本である。人身御供の行事が多く行われ、敵対者や指導者の心臓や肉は、パワーを得るものとして宗教的に食された。儀式の踊りに、鹿など動物の仮面を用いる。
彼らの神話・英雄譚には、ヴィンランドに入植したヴァイキングの、ゲルマン神話の影響を指摘する向きもある。また、フランス人が最初期に植民と布教を行った地域として、カトリックとの習合がしばしば見られる。例えばニューヨーク州にはカトリックに改宗したイロコイ族に関連の深いフォンダ( ⇒Fonda)のカテリ・テカクウィサ( ⇒Kateri Tekakwitha)教会やオーリーズヴィル( ⇒Auriesville)の北米殉職者教会(National Shrine of the North American Martyrs)がある。
イギリス人が植民を行った地域では、ピルグリム・ファーザーズと接触したワンパノアグ族のようにプロテスタントに改宗した部族もあった。17世紀のニューイングランドでは、改宗した先住民は「プレイング・インディアン」( ⇒Praying Indian、「祈るインディアン」)と呼ばれた。彼らの集落は他のインディアンから開拓者を防衛するために開拓者の集落の外側に配置された。フィリップ王戦争が終結するとプレイング・インディアンらは集落に軟禁され、後にボストン湾に浮かぶディア島に抑留された。アイビー・リーグの一つであるダートマス大学は、インディアンを教化する目的でモヒーガン族の牧師サムソン・オッカムらの出資により1769年に創立された。
狩猟に関係した精霊群への祈祷が基本である。部族繁栄を祈る大規模な儀式では、春に行われるユト族の「熊の踊り(ベアー・ダンス)」が有名。
モルモン教と呼ばれる末日聖徒イエス・キリスト教会の総本山のあるユタ州近辺では、19世紀から周辺部族への同教会への教化が熱心に行われている。当時のモルモンの一夫多妻制は、インディアンにも受け入れやすいものだった。かつてはモルモン教徒は彼らと結託し、西進してくる幌馬車隊をユタに侵入させないよう共謀して襲撃していた。イスラエル人の数派が古代にアメリカ大陸に到達していたとするモルモン書によれば、インディアンは教典に登場する約束の民であるという。
女性シャーマンの習俗が多く見られ、深い森を幾日もさまようことで啓示を得る。死者を煙でいぶし、ミイラにして保存する部族も多かった。
カナダ側のブリティッシュ・コロンビアは、氏族と守護動物の象徴トーテム・ポールの風習を持つ。また、仮面行事を行う。「贈与の儀式」(ポトラッチ)でも知られる。
西海岸では、19世紀初頭頃から、入植してきた白人宣教師によって地元のインディアンのキリスト教徒化が進められて、『ミッション・インディアン』と名づけられて支配され、白人の農場や牧場の下働きや、他のインディアン部族の監督に登用された。
漁猟民が多く、鮭や鯨の豊漁を祈っての儀式が多い。踊りは屋内(伝統住居の「ラウンド・ハウス」内)で行われるものが多い。
平原部での宗教『スー族のサン・ダンス』(スケッチ、ジョージ・キャトリン画)
ラコタ・スー族の『ワカン・タンカ』( ⇒Wakan Tanka)のような『偉大なる精霊』を信仰する精霊崇拝が基本である。バッファロー・ダンスやベアー・ダンスで毛皮を被るが、踊りには仮面は使わない。