詳細はイングランドの歴史を参照ストーンヘンジは新石器時代後期から青銅器時代に築造・改築を繰り返されて築かれた。
イングランドの名はフランス語で "Angleterre" と言うように「アングル人の土地」という意味である。ローマ領ブリタニアからローマ軍団が引き上げた後、ゲルマン系アングロ=サクソン人が侵入し、ケルト系ブリトン人を征服または追放してアングロ=サクソン七王国が成立した。アングロ=サクソンの諸王国はデーン人を中心とするヴァイキングの侵入によって壊滅的な打撃を受けたが、ウェセックス王アルフレッド大王が最後にヴァイキングに打ち勝ってロンドンを奪還し、デーンロー地方を除くイングランド南部を統一した。その後、エドガーの時代に北部も統一され、現在のイングランドとほぼ同じ領域の王国となる。一時イングランドはデンマーク王クヌーズ(カヌート)に征服されるが、その後再びアングロ=サクソンの王家が復興する。しかし1066年ノルマンディー公ギヨームに征服され、ギョームがウィリアム1世(征服王)として即位、ノルマン王朝が開かれた。ノルマン人の征服によってアングロ=サクソン系の支配者層はほぼ一掃され、フランス語が国王・貴族の公用語となった。その後、プランタジネット王朝は英仏に広大な領土をもつ「アンジュー帝国」となるが、この時期になるとフランス系のイングランド諸領主も次第にイングランドに定着し、イングランド人としてのアイデンティティを持ちはじめた。そして最終的に、14〜15世紀に起こった百年戦争によってほぼ完全にフランス領土を失い、このような過程を経て現在に繋がるイングランド王国が成立し、民族としてのイングランド人が誕生した。
1603年以来、ジェームズ1世がイングランドとスコットランドの両方を統治していたが、1707年にイングランドとスコットランドが連合してグレートブリテン王国を形成した。合同法によって両国の議会は統合された。
1996年に北部アイルランド、1999年にはスコットランドに292年ぶりに議会が復活し、ウェールズ議会も開設され、地方分権的自治が始まった。
詳細はイングランドの行政区画を参照
イングランドの地方行政制度は時の政府の政策によって変遷が激しく、歴史的な実態と必ずしも対応していない。例えば、ロンドン市役所はサッチャー政権によって廃止され、一種の区役所のみが正規の行政組織として機能していたが、2000年にブレア政権によって大ロンドン地域として復活した。
現在のイングランドは行政的に9「地域」 ( ⇒region) に区分される。このうち、大ロンドン地域のみが2000年以降市長と市議会を有するが、その他の地域には知事のような首長は存在せず、議会を設置するかどうかは住民投票によって決まるので、議会が存在しない地域もある。地域を統括する行政庁は存在するがそれほど大きな権限はない。
つまり「地域」は行政上存在してもあまり実体のある存在とはいえない。ブレア労働党政権は「地域」の行政的権限を強化したい意向だが、保守党は反対している。従って現在のところ、実体のある地方行政組織は行政州(county)または都市州(metropolitan county)であり、都市州の下級行政単位として区(borough)が存在する地域もあるが、都市州がなく区のみが存在する地域もある。 行政州(administrative county)以外に伝統的な州(ceremonial county)も名目的ながら現在も使用されるが、行政的な実体はない。
都市カウンティ人口
1ロンドングレーター・ロンドン7,172,091
2バーミンガムウェスト・ミッドランズ970,892
3リヴァプールマージーサイド469,017
4リーズウェスト・ヨークシャー443,247
5シェフィールドサウス・ヨークシャー439,866
6ブリストルブリストル420,556
7マンチェスターグレーター・マンチェスター394,269
8レスターレスターシャー330,574
9コヴェントリーウェスト・ミッドランズ303,475