日本は1993年12月にアンドラを国家承認し、1995年10月に両国間の外交関係が築かれた。なお、在アンドラ日本大使館の業務は、在フランス日本大使館が兼轄している。
日本人のアンドラへの渡航は、在スペイン及び在フランス日本人によるものを中心に年間数千人程度と見られている。なお在アンドラ邦人はアンドラ人と結婚したものや観光関係者など数人とみられている。
軍事
敵対する国家も存在しない上、近年まで外交をスペインとフランスにゆだねていたこともあり、軍隊は持たず、国防に関してはフランス及びスペインに委託している。
ただし、アンドラはかつて第一次世界大戦及び第二次世界大戦に参戦していた。第一次世界大戦の際の「アンドラ国軍」は全員で11名(士官1人、参謀4人、兵士6人)であり、余りにも小規模であったためかヴェルサイユ条約調印式にフランスがアンドラの存在を忘れてしまい、それ故アンドラは形式上第一次世界大戦を継続したまま第二次世界大戦に突入する結果となった。
アンドラ経済の中心は観光業である。独自通貨は持たず、EUには非加盟だがユーロを使うことができる。
アンドラの第一次産業、第二次産業はいずれも規模が小さい。アンドラの鉱物資源は鉄鉱石と鉛、ミョウバン、石材、イオウを含んだ水である。300年以上に渡り、採鉱から鍛鉄まで小規模ながら一貫した「工業」が継続していた。現在でも鉄資源は枯渇していないが、製鉄業は成立していない。イオウを含んだ水は羊毛の洗浄に用いるためのものである。
アンドラの工業は、繊維業、紙巻きたばこ製造、家具製造業を中核とする。繊維業では、レス・エスカルデスの羊毛で織ったスカーフや毛布が著名である。アンドラの輸出額に占める工業製品の比率は90%に達する。内容は自動車、精密機械などであるが、いずれも軽微な加工に留まる。工業製品に分類される輸出金額は5700万ドル(2002年時点)である。
農業には人口の4%が従事し、国土の2.1%が農地である。主な品目はタバコ、ジャガイモ、トウモロコシ、オリーブなどのほか、牧畜も行なわれている。世界的な観光業の成立以前は農業が国の基盤であった。現在、世界市場で競争力をもっているのはタバコである。大変香りが強いため、ブレンド用として輸出されている。
冬季のスキー、夏季のトレッキングやスパ、免税店でのショッピングといった観光業が基幹産業となっている。
バルセロナから週末の観光をかねた買出し客が押し寄せることもあり、国境沿いにはそれらの客を目的にした免税スーパーマーケットやガソリンスタンドが軒を連ねる。また、これらの周辺の国の人々の別荘も多く存在している。
国内の交通は自動車とバス、オートバイが一般的である。スペインとフランスとの間は幹線道路で結ばれており、特にバルセロナとの間には、高速道路が一部完成していることから交通量も多い。空港、港、鉄道はない(ヘリポートは存在する)。
空港がないため航空便による直行便はない。多くの場合はフランクフルトやパリ、ロンドンやドバイなどを経由してバルセロナに入り、自動車やバスなどによって陸路で入国することになる。
国籍はスペインが37.4%、アンドラが35.7%、ポルトガルが13.0%、フランスが6.6%、その他が7.3%である(2004年時点の公式統計)。
言語は公用語がカタルーニャ語である。その他、スペイン語、フランス語、ポルトガル語などが使われている。
詳細はアンドラの世界遺産を参照
ユネスコ世界遺産の文化遺産としてマドリウ=ペラフィタ=クラロ渓谷が登録されている。
日付日本語表記現地語表記備考
1月1日元日
1月6日公現祭
3月14日憲法の日
移動祝日聖木曜日
移動祝日聖金曜日
移動祝日復活の月曜日復活祭の翌日
5月1日メーデー
移動祝日主の昇天復活祭(イースター)の40日後
移動祝日聖霊降臨祭復活祭(イースター)の50日後
移動祝日聖霊降臨祭後の月曜日聖霊降臨祭の翌日
6月24日洗礼者ヨハネの祝日
8月第一土曜日アンドラ・ラ・ベリャの日