アレクサンドロス3世
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大王の急逝と帝国の行方

バビロンに戻ったアレクサンドロスはアラビア遠征を計画していたが、ある夜の祝宴中に突然倒れ、10日間高熱にうなされ「最強の者が帝国を継承せよ」と遺言し死去してしまった。残された大帝国はアレクサンドロスの後継者を名乗るアンティゴノスプトレマイオスエウメネスカッサンドロスリュシマコスセレウコスらの諸将によるディアドコイ戦争を経て分裂し、以後イスラーム帝国の出現までふたたび大統一を見なかった。アレクサンドロスの墓は未だに発見されていない。

王妃ロクサネと王子アレクサンドロス4世及び庶子のヘラクレスは、ディアドコイ戦争中に殺害され、アレクサンドロスの血統は断絶した。


東西融合政策

アレクサンドロスは征服地にその名に因んでアレクサンドリアと名付けた都市を建設して経済の活性化をはかり、また図書館などを完備してギリシア文化の浸透を推進し、帝国の公用語にギリシア語を採用した。さらに東西融合に心を配り、自らダレイオス3世の娘を娶りペルシャ人と部下の集団結婚を奨励し、ペルシャ風礼式を取り入れ代官に現地有力者を任命した。


ヘレニズム文化

詳細はヘレニズムを参照

ギリシア文化とオリエント文化が融合したヘレニズム文化がアレクサンドロスの帝国で開花し、ラオコオン像ミロのヴィーナスサモトラケのニケ、瀕死のガリア人などの彫刻が各地で制作された。エウクレイデスアポロニオスアルキメデスエラトステネスアリスタルコスらの学者も輩出し、その後、古代ローマイスラームに強い影響を及ぼし、東方奥深くに入植したギリシア人はガンダーラ美術に大きな影響を与えた。はるか極東日本法隆寺の柱にもヘレニズム文化の痕跡が認められている。


マケドニア軍の強さ

ギリシア世界で伝統的であったファランクスに加えて、馬匹の確保や地形に起因する運用の難しさからギリシアでは重視されなかった騎兵を組み合わせたマケドニア軍は、当時最高級の戦闘力を誇る軍隊であり、そのうえ各々の将兵はその軍務に誇りを持っていて精強の兵士であった。また、アレクサンドロス自ら行軍中にあっても荷馬車に乗り降りして体を鍛錬したと伝えられる。彼は常に最前線で将兵とともに戦い、自らの頭部や胸部に重傷を負うことさえあった。数々の戦場で危機を乗り切ったアレクサンドロスは神懸かった戦士であり、将兵から絶大な人気を得ていた。

このようなマケドニア遠征軍に対し、ペルシャ軍は大軍を動員できたが、利害が絡み合う各国将兵による混成軍であったことから団結力が弱く、相互に連携した行動を取ることには不慣れであった。このため総指揮官の指令を行き渡らせることは難しく、いったん敗走を開始すると建て直しが困難であった。


アレクサンドロス暗殺計画

東方遠征中、酒に毒が盛られているのにアレクサンドロスが気づいたことから、若手将校らによってアレクサンドロス暗殺計画が企てられていたことが発覚する。関係者の逮捕、尋問を繰り返すうち、首謀者の一人として司令官の一人フィロタスの名前が挙がった。フィロタスは無実を主張するが、彼の義兄弟らの証言が決め手となって有罪の判決が下り、フィロタスは処刑された。


死後の伝承

アラビア語ペルシア語ではアレクサンドロスはイスカンダルの名前で知られる。アレクサンドロス3世の勇猛はイスラーム世界に一種の英雄伝説となって語り伝えられた。また、東南アジアにイスカンダルという男性名があるのは、イスラーム教の東進によってこの英雄伝説が広まった結果である。


史料


一次史料

カリステネスの従軍記

ネアルコスの従軍記

ネオシクリトスの従軍記

アリストブロスの従軍記

プトレマイオスの従軍記

クレイタルコスの大王伝

バビロン王宮日誌(実在を疑う研究者も多い)

バビロニア天文記録

これらの同時代史料はすべて散逸している。


現存する史料

アリアノス『アレクサンドロス大王東征記・インド誌』 大牟田章訳 東海大出版会のち岩波文庫上下

クルティウス・ルフス『アレクサンドロス大王伝』 谷栄一郎・上村健二共訳 西洋古典叢書・京都大学学術出版会

プルタルコス『英雄伝』 ちくま学芸文庫中巻、柳沼重剛らの新訳で西洋古典叢書 全7巻 

ディオドロス・シクルス 『歴史集成』第17巻  飯尾都人訳 『神代地誌』 龍渓書舎

ストラボン 『ギリシア・ローマ世界地誌』 全2巻  飯尾都人訳  龍渓書舎

ポンペイウス・トログス/ユスティヌス 『地中海世界史』第11-12巻 合阪学訳  西洋古典叢書

伝カリステネス 『アレクサンドロス大王物語』 橋本隆夫訳 アレクサンドリア図書館叢書7,国文社


主な日本語文献

森谷公俊 『アレクサンドロスの征服と神話』 興亡の世界史1 講談社 2007年

巻末に詳しい文献ガイドがついてる。同じ著者で以下の3冊がある

『アレクサンドロス大王―世界征服者の虚像と実像』 講談社選書メチエ197 2000年

『王宮炎上―アレクサンドロス大王とペルセポリス』 歴史文化ライブラリー88 吉川弘文館 2000年

『王妃オリュンピアス―アレクサンドロス大王の母』 ちくま新書145 筑摩書房 1998年


ニック・マッカーティ 日本語版総監修本村凌二『アレクサンドロス大王の野望』シリーズ絵解き世界史1原書房2007年


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki