正式名称はアラビア語で、???????? ??????? ??????? (ラテン文字転写 : Al-Im?r?t al-?Arab?ya al-Muttahida; アル=イマーラート・アル=アラビーヤ・アル=ムッタヒダ 但しアラビア語は右から左に読む)。略称は?????? (イマーラート)で、これはアラビア語で「首長国」を意味する、「イマーラ」という単語の複数形である。
公式の英語表記は、United Arab Emirates。略称は、UAE。
日本語の表記は、アラブ首長国連邦。日本語名称をアラブ首長国連合としている場合が見受けられるが、外務省ではアラブ首長国連邦としている。 また、サッカーなどスポーツ競技内では英字略であるUAEを使用することが多い。
7世紀にイスラム帝国の支配を受けイスラム教が広がり、その後オスマン帝国、ポルトガル、オランダの支配を受けた。現在のアラブ首長国連邦の基礎となる首長国は17世紀から18世紀頃にアラビア半島南部から移住してきたアラブの部族によってそれぞれ形成され、18世紀から19世紀にかけてはこの地域の人々は海上勢力としてアラビア湾を航行するヨーロッパ勢力と対立し、「アラブ海賊」としておそれられたといわれる。
1853年にイギリスはこの地域の海上勢力と休戦協定を結び、休戦海岸(Trucial Coast)と呼ばれるようになる。その後、1892年までに全ての首長国がイギリスの保護下に置かれた。
1968年のイギリスのスエズ以東撤退宣言以来、連邦結成の機運が高まり、1971年、イギリスの撤退に伴い、アブダビ、ドバイ、シャールジャ、アジュマーン、ウンム・アル=カイワイン、フジャイラの各首長国が集合して連邦を建国。翌1972年、ラアス・アル=ハイマが加入して現在の7首長国による連邦の体制を確立した。
アラブ首長国連邦は、7つの首長国により構成される連邦国家である。各首長国は世襲制の絶対君主制に基づき統治されている。現行の連邦憲法は1971年発布の期限付き暫定憲法が、1996年に恒久化されたものである。
連邦の最高意思決定機関は連邦最高評議会(FSC)で、連邦を構成する7首長国の首長で構成される。議決にはアブダビ、ドバイを含む5首長国の賛成が必要になる。
憲法規定によると、国家元首である大統領、および首相を兼任する副大統領はFSCにより選出されることとなっているが、実際には大統領はアブダビ首長のナヒヤーン家、副大統領にはドバイ首長のマクトゥーム家が世襲により継ぐのが慣例化している。
内閣に相当する閣僚評議会のメンバーは、大統領が任命する。
議会は一院制の連邦国民評議会で、定数は40。議員は連邦を構成する各首長国首長が任命する。
一般国民には国政に関する選挙権が無いのが特徴であったが、2005年12月1日、連邦国民評議会の定数の半数に対する国民の参政権が認められた。しかし、その参政権の幅は極めて限定的なもので、有権者は各首長が選出した計2千人程度に留まる見通しである。政党は禁止されている。
連邦予算は八割がアブダビ、一割がドバイ、残りの一割は連邦政府の税収によってまかなわれており、残りの5首長国の負担額はゼロである。事実上、アブダビが北部5首長国を支援する形になっていると言える。また各首長国は、独自の予算も組んでいる。
外交は湾岸協力会議諸国などの近隣諸国との関係を重視する保守穏健路線で、特に隣接するサウジアラビアとの関係を重視している。イランと、アラビア湾の3つの島を巡って領有権を争っている。
湾岸諸国の中では比較的欧米に寛容で、湾岸戦争時は米軍に基地使用を認め、イラク戦争でもその駐留を許可した。
地方行政区分アラブ首長国連邦の各首長国。黄色の部分がアブダビで、突出して面積が広い。茶色の部分はドバイである
詳細はアラブ首長国連邦の首長国を参照
アラブ首長国連邦は以下の7首長国から構成されている。各首長国の国名はそれぞれの首都となる都市の名前に由来しており、最大の国であるアブダビ首長国の首都のアブダビが、連邦全体の首都として機能している。ただ近年は、外国資本の流入によるドバイの急激な発展によって、政治のアブダビ、経済のドバイと言われるようになってきている。
連邦を構成する7首長国
アブダビ
ドバイ
シャールジャ
アジュマーン
ウンム・アル=カイワイン
フジャイラ
ラアス・アル=ハイマ
アラビア半島の南東部にあり、アラビア湾とオマーン湾に面している。