アムール川はロシア側のアムール州・ハバロフスク地方・ユダヤ自治州と中国側の黒龍江省・吉林省との国境を成しており、川沿いの主要な都市としてはロシアのチタ、ブラゴヴェシチェンスク、ハバロフスク、コムソモルスク・ナ・アムーレ、ニコラエフスク・ナ・アムーレ、中国側の黒河市・同江市などがある。
このアムール川は栄養が豊富であり、サケ類をはじめ豊かな水産資源に恵まれ、これにより道北沖合はよい漁場になっている。一方で中国吉林省吉林市で2005年11月13日に起きた石油化学工場の爆発事故により、支流の松花江に流れ込んだ有毒な大量のベンゼン化合物による大規模な汚染をはじめ、近年は中国側の経済発展及び環境保全の概念がない計画等による開発のため、河川の汚染が深刻になりつつある。ロシア側アムール川周辺住人は河川汚染を憂慮しておりオホーツク海等の環境汚染により日本も警戒している。
古代の中国では「黒水」「弱水」「烏桓河」などと呼ばれていたが、13世紀の『遼史』においてはじめて、「黒竜江」の名が出ている。満州語の音では「薩哈連烏拉(サハリアン・ウラ)」(薩哈連・サハリアンとは『黒い』、烏拉・ウラとは『水』)と呼ばれており、モンゴル語では「哈拉穆連(ハラムレン)」、ロシア語では「アムール」となりこれが世界的に共通する呼び名となっている。なお、サハリン(樺太)という島の名は「サハリアン・ウラの河口の対岸」にあることからつけられたとされる。
中国人や満州人はこの川を使い流域民族(ほか、アムール河口の対岸の樺太に住むアイヌ人など)と、毛皮などと中国産品を交換する取引を行っていたが、次第に東へ進出してきたロシア人と取引や領土をめぐり争いが起こった。17世紀から中国の清と南下するロシア帝国との間の紛争が、1689年のネルチンスク条約において上流の西側以外の流域が清国領土と定められた。その後1858年のアイグン条約(?琿条約)、1860年の北京条約で、清国領土の割譲を経て現在の国境線に定められた。
その後、川の中にある多くの島や中州の領有権を巡って中ソ国境紛争の発生地となり、1969年にはウスリー川で大規模な軍事衝突が発生したが、2004年に中露両国はすべての地域における東部国境の確定完了を宣言し、対立は鎮静化している。
関連項目
リマン海流
流氷
黒龍江省
外満州
アムールヒョウ
アムール川鉄橋(ハバロフスク橋)
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更新日時:2008年8月4日(月)19:13
取得日時:2008/10/02 17:47