詳細はアフガニスタンの歴史を参照
紀元前6世紀、アケメネス朝ペルシャ帝国に編入され、ゾロアスター教も伝えられた。
紀元前4世紀、アレクサンドロス大王の征服は、この地にヘレニズム文化をもたらし、アーリヤ、アラコシア、バクトリアなどに呼ぶ都市を築いたが、それらは現在もへラート、カンダハール、パルフとして残っている。
紀元前3世紀中頃、ギリシャ人が建てたバクトリア王国に支配され、次いでクシャーナ朝がこの地に栄えた。
1747年、パシュトゥーン人によるドゥッラーニー朝が成立。
1826年、ドゥッラーニー系部族の間で王家が交代し、バーラクザイ朝が成立。
1838年、第一次アフガン戦争(〜1842年)
1880年、第二次アフガン戦争(〜1880年)に敗れ、イギリスの保護国となる。
1919年、アマーヌッラー・ハーン国王が対英戦争(第三次アフガン戦争)に勝利し、独立を達成。
1973年、ムハンマド・ダーウードが無血クーデターを起こして国王を追放。共和制を宣言して大統領に就任。
1978年、軍事クーデターが発生(四月革命)。大統領一族が処刑される。人民民主党政権成立。革命評議会発足。
1979年、ソ連軍によるアフガン侵攻開始。親ソ連派のクーデターによってアミン革命評議会議長を殺害し、バーブラーク・カールマル(元)副議長が実権を握る。社会主義政権樹立。
1987年、ムハンマド・ナジーブッラーが大統領に就任。
1989年、ソ連軍撤退完了(10万人)。国土は荒廃し、食糧事情は悪化の一途。反ソ連ゲリラ(ムジャーヒディーン)と政府軍の間で内戦が勃発。
1992年、ムジャーヒディーンが攻勢、ナジーブッラー政権崩壊(その後ほぼ無政府状態)。
1993年、ラバニ指導評議会議長が大統領に就任。
1994年、内戦が全土に広がる。この年ターリバーンが急成長。
1996年、ターリバーンが全土をほぼ掌握し実効支配。旧ムジャーヒディーン勢力が反ターリバーンで一致し、北部同盟となる。
1998年、ターリバーンがアフガン全土をほぼ掌握。
2001年、9月、北部同盟のマスード司令官暗殺。9月11日、アルカーイダがアメリカ同時多発テロを起こす。10月、アメリカはその報復としてアフガンに侵攻する。11月、カブール陥落。年末にターリバーン政権崩壊。12月、アフガニスタン主要4勢力、暫定政権発足とその後の和平プロセスで合意。国際連合安全保障理事会決議のもとづき国際治安支援部隊(ISAF)創設、カブールの治安維持にあたる。カルザイ暫定政権発足。
2002年2月14日、アブドゥール・ラフマン航空観光大臣がカブール空港で暴徒に撲殺される(参照:アフガン航空相撲)。
2002年、ハーミド・カルザイを暫定大統領に選出。6月、移行政権発足。
2004年1月、新憲法制定。
2004年10月9日、初の大統領選挙。カルザイが当選、正式政権発足。選挙を前にターリバーンが再結成し、南部で武装蜂起。