日本のアニメは前述した通り、ディズニー作品に慣れた外国では暴力的・性的なシーンを含むために多く批判される(だが、実際はアメリカ制作のアニメであっても『Happy Tree Friends』のような作品もあるにはある)。また、アニメに登場するキャラクターの容姿が幼児に見え、幼児性愛好者を増長させているとの指摘もされ、ニュージーランドではOVA『ぷにぷに☆ぽえみぃ』が政府機関により発禁指定を受けたりもしている。しかしながら、日本において幼児性愛好者が起こした犯罪は他国と比較して圧倒的に少ないとの指摘もある。この問題は現在も議論中であり、結論は出ていない。
逆に、フランスの美術評論家エルベ・シャンデスは、アニメを中心とする日本のおたく文化を「21世紀のジャポニズム」と評し、これらの文化が欧米の文化に大きな影響を与えていると主張し、おたく文化を擁護した。
この小項目では主に北米でのファン活動について述べる。日本で紹介される海外でのアニメの評価は、これらのアメリカ合衆国の熱心なファンの反応や活動であることが多い。もちろん、アメリカは金額で最大の輸出先でもあり、日本アニメのファンも多い国ではあるが、それらの評価は日本と同様、高年齢向けアニメの評価が相対的に高い方に偏っていること、実際のアニメの輸出先はアメリカだけではないこと、児童・ファミリー向け作品も数多く放送されているが、それらの作品への評価は日本と同じように少ないことにも注意する必要がある。
アメリカでの日本アニメのファン活動は、1976年にテレビを録画したアニメの上映会が始まることによって開始された。1980年代までは、おおむねこのような活動がささやかに行われていたが、映画『AKIRA』(1988年)が1989年に世界公開されたことを発端に、日本には高年齢層向けのアニメが存在することが知られ始めた。『AKIRA』は大規模な公開はされず、世界各地の芸術系映画館で小規模な上映会を巡回的に行うという配給方式がとられたが、これが元で、逆にアニメは芸術作品であるという見方もされるようになった。そして、世界各地の観客たちに確実に強い印象を与え、日本と同じように熱狂的なアニメファンを産むことになった。ただし、そのファン層は一部に限定され、それ以外の層への浸透はまだまだ進んでいない。一部のアニメファンサイトは、アメリカ共和党の政治家にアニメファンが居る事を知ると、狂喜してネット中にその事実をばら撒いた。逆に言えば、それほどアニメファンは一般的でなかったということでもある。
日本で放送されたアニメに英語字幕をつけて配布する、ファンサブという活動も広く行われている。しかし、この活動は著作権の侵害を伴っている。加えて、現在では日本でのテレビ放送直後にP2Pソフトなどで配布される状態になっており、北米でのアニメ事業に対する影響が懸念されている。
ファンサブも参照
日本のアニメの特徴は、その成立過程に密接にかかわっているため、まず特徴を、そしてその歴史を続けて述べる。
ほとんどがリミテッドアニメで、1秒間に使われる絵(動画)の枚数は8枚が基本である。ただしこれは動かす場合であり、常に1秒間に8枚の動画を使うという意味ではない。つまり、同じ絵を3回ずつ撮影するのであり、動きの少ない場合には、同じ絵を24回撮影するので、一般映画と同様の秒24コマである。ディズニーアニメに代表されるようなフルアニメ作品は少ない。テレビアニメでは1話ごとのセルの消費が決まっており、そういった面からもリミテッドアニメが多用される。
作品やアニメーターによって区々だが、動きのメリハリを強く強調する傾向にある。
上下左右に大きな背景の上でセル画をスクロール(パン)させたり、カメラの寄りや引きによる演出(カメラワーク)が多用される(「引き絵」、実際は、固定カメラの下で絵の方を引っ張る)。これは、作画枚数の節約になり、演出意図を明確にする技術である。主に競技場の観客席やパーティ会場など、人物が多くにぎやかな状態を演出するために使われる。また、静止画そのものが使われることもある(「止め絵」)。
以前に使われたシーンと全く同じシーンを繰り返して使用する、バンクシステムという技法が多用される。これは、連続テレビアニメでの前回までのあらすじの説明、ロボットアニメの合体シーン、魔法少女アニメの変身シーンや、主人公がしゃべるシーンなどでも使われる。あるいは背景画のみを差し替えて、全く別のシチュエーションで利用することもある。
同一キャラでも、口や目、手、足など、部分を別セルにして、そこだけを動かす部分アニメ(口だけでなく総じて「口パク」)が多用される。製作の手間を省くだけでなく、静止との対比で動きが鮮明になる。
マンガとの共通性が高く、動画にもかかわらず、動線が多用される。集中線、漫符なども、マンガと共通に用いられる。ただし、吹き出しは用いず声優が演じる(コミックから発展したアメリカの初期アニメーションでは、吹き出しが多用されている)。
制作費は安いところとそうでない差が激しい。
内容が多種多様であり、作家性の高いものも多い。
1回30分(これはCM等を含んだ番組枠の長さで、実際の映像は24分程度)の番組を毎週放映する、連続テレビアニメという形態をとる作品が多く、劇場用作品の比率は低い。
実写ではありえない現象(特撮ではある程度可能であるが)を表現することができる。(魔法や超能力、異空間など。)その反面、逆に実写に近いリアリティな表現技術に欠けている。
例としてキャラクターの顔の向きを変える(振り向く)時、瞬きをする。(眼球の表現が困難なためだがあえてリアルにするため動かすアニメーターもいる。)老若男女問わず、殆どの登場人物は脇や顎、脛などに生えるいわゆる無駄毛が表現されない。男女の皮膚の色の明るさの違いがかなり極端。スポーツを題材にした作品における、実際のスポーツ中継以上の至近距離での描写(例としてゴルフや野球などの投球・打球描写)。
詳細な歴史については、アニメの歴史を参照のこと。
それまでも劇場用アニメなどは作られていたが、最初の連続テレビアニメ番組、『鉄腕アトム』の放送が開始された1963年1月1日をもって日本商業アニメの創始とするのが通例である。これ以前の歴史についてはアニメの歴史の頁を参照のこと。
このとき制作を指揮した原作者の手塚治虫は、スポンサーの提示より極端に低い制作費で番組制作を請け負い、回収できない部分を本業である漫画の原稿料・再放送・海外輸出・版権ビジネス(マーチャンダイジング、アニメ番組のキャラクターの絵のついた製品の製造権を玩具・文具・菓子メーカーに売るビジネス)によって制作費を回収する体制とした。これは、現代の日本アニメにも通じるビジネスモデルである。また、フルアニメーションによらずに作品を成立させるための工夫や技術が数多く考案されている。
鉄腕アトムが好評だったため、1960年代から数多くのアニメ制作スタジオが設立され、アニメ番組の本数は増加し、題材も多岐にわたるようになった。鉄腕アトムが日本のアニメ文化を牽引したのは間違いないが、一方で後々に至るまで制作費が安く抑えられる状況を作り出した原因ともなっている。このことは、アニメ作家の宮崎駿も批判している。(詳細は宮崎駿を参照)
テレビアニメの成功は、劇場用アニメ映画にも広く影響を与えた。1960年代から1970年代までは、テレビアニメを再編集しただけの映画が劇場公開され、それぞれが比較的良い興行収入を得た。1980年代以降は、放送中のテレビアニメ番組の新エピソードを映画として公開する手法が取り入れられている。