詳細な歴史については、アニメの歴史を参照のこと。
それまでも劇場用アニメなどは作られていたが、最初の連続テレビアニメ番組、『鉄腕アトム』の放送が開始された1963年1月1日をもって日本商業アニメの創始とするのが通例である。これ以前の歴史についてはアニメの歴史の頁を参照のこと。
このとき制作を指揮した原作者の手塚治虫は、スポンサーの提示より極端に低い制作費で番組制作を請け負い、回収できない部分を本業である漫画の原稿料・再放送・海外輸出・版権ビジネス(マーチャンダイジング、アニメ番組のキャラクターの絵のついた製品の製造権を玩具・文具・菓子メーカーに売るビジネス)によって制作費を回収する体制とした。これは、現代の日本アニメにも通じるビジネスモデルである。また、フルアニメーションによらずに作品を成立させるための工夫や技術が数多く考案されている。
鉄腕アトムが好評だったため、1960年代から数多くのアニメ制作スタジオが設立され、アニメ番組の本数は増加し、題材も多岐にわたるようになった。鉄腕アトムが日本のアニメ文化を牽引したのは間違いないが、一方で後々に至るまで制作費が安く抑えられる状況を作り出した原因ともなっている。このことは、アニメ作家の宮崎駿も批判している。(詳細は宮崎駿を参照)
テレビアニメの成功は、劇場用アニメ映画にも広く影響を与えた。1960年代から1970年代までは、テレビアニメを再編集しただけの映画が劇場公開され、それぞれが比較的良い興行収入を得た。1980年代以降は、放送中のテレビアニメ番組の新エピソードを映画として公開する手法が取り入れられている。2000年を過ぎると、日本映画はアニメなしでは成り立たないといわれるほどアニメ映画の比重は増加した。2002年度、2003年度の日本映画興行収入上位10位までの内、7つから5つはアニメ映画であった。
アニメ制作の変革のひとつとしてカラー化がある。鉄腕アトムを含め、初期のテレビアニメは白黒だったが、カラーテレビの普及に伴い、1965年に最初のカラー連続アニメ番組ジャングル大帝が制作された。この後数年で他のテレビ番組と同じようにカラー化が進み、1968年ごろまでにはほぼ全作品がカラーで制作されるようになった。
近年の大きな変革としてコンピュータ化が挙げられる。アニメは長い間、紙に描いた線画をセルと呼ばれる透明なシートに転写し、それを手作業で着色した上で、順番に取替えながら撮影する制作方式だった。これは人海戦術的な方式でありながら技術も必要であり、その放送時間と比較して大変な労力を要した。しかし、紙に描いた絵をコンピュータに取り込んでコンピュータ上の作業で彩色・編集する方法や、紙への作画をせず最初からCGで描く方法が考案された。
1995年にセルを使用しない最初の連続CGアニメ、『ビット・ザ・キューピッド』が制作された。1997年には東映動画がほぼ全作品の彩色をコンピュータ化した。現在では一部作品を除き、アニメ制作のほとんどの過程がコンピュータ化され、セル制作はほぼ消滅している。現在毎週新作でセル制作をしている作品は実質的に『サザエさん』のみである。3DCG(3次元コンピュータグラフィックス)を使用したフルデジタルアニメーションの制作も増えている。
流通における大きな変革として1983年に登場したOVAがある。これは、テレビ放映も劇場公開も前提とせずに制作されるアニメで、ビデオソフトの形で市場に流通する。家庭用ビデオデッキの普及により、レンタルビデオ店と一般消費者が購入するビデオソフトの売り上げ代金だけで製作費の回収が可能になった結果として生み出されたビジネスモデルである。OVAでは玩具メーカーなどのスポンサーの意向を聞かずに作品制作ができるため、比較的表現の自由度が増す。最初のOVA作品は、ぴえろ制作の『ダロス』である。
OVAはそれまでのテレビアニメのような児童・ファミリー向けのものは少なく、それより高年齢の10代から40歳代程度の男性をターゲットにしたものが多い。いわゆる、おたくが大きな購買層である。そのため、作品の内容はマニアックであり、美少女やロボットや戦争などある程度の傾向がみられる。
これらOVAとして発表された作品がテレビ放送されることもある。また、テレビ放送を前提としながらもマニアックな傾向が強い作品が作られる例もある。ただし、視聴者が限られるため、深夜帯やケーブルテレビ、独立UHF放送局、衛星放送であることが多い。
日本におけるアニメ作品は大半がテレビアニメ番組となっている。詳細はテレビアニメの項を参照。
OVAや劇場版は時間の制限が無く、元々OVAは60分から90分程度の長さで、1巻完結の作品として制作されたものが多かったが、シリーズ物が増えるにつれ、次第にテレビアニメと同じように、主題歌込みで24分程度を1エピソードとした数本単位で制作されたものが主流を占めるようになった。これはテレビアニメと同じく、後にテレビ局に放映権を売るときのことを考えているためだとも言われる。映画は数分の短編から2時間の大作まで様々である。
アニメは娯楽の世界だけでなく、教育などの分野にも広がっている。かつて、教育映画は実写のドキュメンタリーが主軸であったが、現在はアニメのものも増えている。1980年代は幼児向けに限られていたアニメの教育映画が、1990年代以降、中学生向け程度にまで広がった。また、歴史、人権、納税啓発、広報ビデオなどにも広くアニメが使われている。10-20分程度の作品が多い。
1930年代から当時の文部省は、教育映画の一環としてアニメ製作を奨励していた。また、1970年代のアニメ映画にも、文部省選定映画は多くある。このように特に日本政府はアニメを無視していたわけではないが、政府組織などによるアニメの評価は近年上昇したと言われる。これは、1997年から、教育白書でアニメへの言及が行われるようになったというのを根拠としている。
2004年5月、アニメや漫画など、日本のソフト産業の保護・育成に官民一体で取り組むための「コンテンツ法」が参院本会議で全会一致で可決、成立した。
将来、少子化による国内向けアニメの需要減少が懸念されている。近年は子ども向けアニメがやや減少気味に対し、大人の視聴者をターゲットにしたアニメ作品が増加している(内容がファミリー向けのようなアニメでも深夜で放送されることもある)。
アニメだけを対象にした数値的な統計は、はっきりとは採られていない。山口康男『日本のアニメ全史』によれば、全世界の放送局で放送されるアニメーション番組の内、60%が日本製である(純日本製と言う意味では無い)と言われ、山口は日本製アニメの市場規模は、日本国内では2000億円、国外で2兆円から3兆円と推定している。これには、テレビアニメ製作費、映画の興行収入、ビデオソフトの売り上げや玩具メーカーなどからの知的財産権使用料の内、アニメ制作会社が受け取る分をすべて含む。山口の著書によれば2003年4月現在でのテレビアニメのタイトル数は81本である。本数は増加傾向であり、この本数は史上最高である。
デジタルコンテンツ協会による2003年度調査(映画のみ2002年推計)によると、日本国内のアニメの市場規模は3739億円(うち映画興業収入377億円)で、制作会社の売上高は約966億円(うち映画興業収入約100億円)。
アニメは他の映像文化・児童文化・活字文化等に密接に関わっている。特に漫画との結び付きが強い。ごく初期にはアニメは漫画映画と呼称された時代もあり、漫画とアニメはしばしば混同されたり同一視されたりした。現在も若干その傾向は残っている。また、アニメ化される作品の大多数は漫画が原作である。また、原作にはほとんどが日本の漫画、それも人気作が選ばれる。