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アニメの現在

日本におけるアニメ作品は大半がテレビアニメ番組となっている。詳細はテレビアニメの項を参照。

OVAや劇場版は時間の制限が無く、元々OVAは60分から90分程度の長さで、1巻完結の作品として制作されたものが多かったが、シリーズ物が増えるにつれ、次第にテレビアニメと同じように、主題歌込みで24分程度を1エピソードとした数本単位で制作されたものが主流を占めるようになった。これはテレビアニメと同じく、後にテレビ局に放映権を売るときのことを考えているためだとも言われる。映画は数分の短編から2時間の大作まで様々である。

アニメは娯楽の世界だけでなく、教育などの分野にも広がっている。かつて、教育映画は実写のドキュメンタリーが主軸であったが、現在はアニメのものも増えている。1980年代は幼児向けに限られていたアニメの教育映画が、1990年代以降、中学生向け程度にまで広がった。また、歴史、人権、納税啓発、広報ビデオなどにも広くアニメが使われている。10-20分程度の作品が多い。

1930年代から当時の文部省は、教育映画の一環としてアニメ製作を奨励していた。また、1970年代のアニメ映画にも、文部省選定映画は多くある。このように特に日本政府はアニメを無視していたわけではないが、政府組織などによるアニメの評価は近年上昇したと言われる。これは、1997年から、教育白書でアニメへの言及が行われるようになったというのを根拠としている。

2004年5月、アニメや漫画など、日本のソフト産業の保護・育成に官民一体で取り組むための「コンテンツ法」が参院本会議で全会一致で可決、成立した。

将来、少子化による国内向けアニメの需要減少が懸念されている。近年は子ども向けアニメがやや減少気味に対し、大人の視聴者をターゲットにしたアニメ作品が増加している(内容がファミリー向けのようなアニメでも深夜で放送されることもある)。


数値

アニメだけを対象にした数値的な統計は、はっきりとは採られていない。山口康男『日本のアニメ全史』によれば、全世界の放送局で放送されるアニメーション番組の内、60%が日本製である(純日本製と言う意味では無い)と言われ、山口は日本製アニメの市場規模は、日本国内では2000億円、国外で2兆円から3兆円と推定している。これには、テレビアニメ製作費、映画の興行収入、ビデオソフトの売り上げや玩具メーカーなどからの知的財産権使用料の内、アニメ制作会社が受け取る分をすべて含む。山口の著書によれば2003年4月現在でのテレビアニメのタイトル数は81本である。本数は増加傾向であり、この本数は史上最高である。

デジタルコンテンツ協会による2003年度調査(映画のみ2002年推計)によると、日本国内のアニメの市場規模は3739億円(うち映画興業収入377億円)で、制作会社の売上高は約966億円(うち映画興業収入約100億円)。


アニメと周辺文化

アニメは他の映像文化・児童文化・活字文化等に密接に関わっている。特に漫画との結び付きが強い。ごく初期にはアニメは漫画映画と呼称された時代もあり、漫画とアニメはしばしば混同されたり同一視されたりした。現在も若干その傾向は残っている。また、アニメ化される作品の大多数は漫画が原作である。また、原作にはほとんどが日本の漫画、それも人気作が選ばれる。一方、漫画の方もアニメの影響を受けつつ成長して来た。

この他、児童文化に与えた影響も計り知れない。現在、日本に生まれて育った子供がアニメを全く見ずに成年まで成長するのはまず不可能でさえある。

勿論、アニメは他文化に影響を与えただけではなく、多くの影響をそれらの文化から受けて来た事も事実である。例えば、ある種の玩具娯楽が流行し、それを題材に取った漫画が作られ、更にアニメ化された例も多い。スーパーカーブームを題材とした『グランプリの鷹』『激走!ルーベンカイザー』『とびだせ!マシーン飛竜』、ゲームブームの『ゲームセンターあらし』、ミニ四駆ブームの『ダッシュ!四駆郎』『爆走兄弟レッツ&ゴー!!』などである。


アニメへの批評・研究

アニメに関する批評は、1917年の「活動之世界」誌9月号掲載の幸内純一の作品への批評が、日本における初めてのアニメ作品に対する批評とされる。以後、アニメへの批評については「キネマ旬報」「映画評論」など映画雑誌が主要な発表の媒体となり、新作への批評という形で行なわれてきた。1950年代になると、大手資本による東映動画が設立。年に1作のペースで長編作品が定期的に制作されるようになると、朝日新聞など一般紙の映画欄でも扱われるようになった。それは映画作品というくくりでの扱いであった。

1977年には山口且訓と渡辺泰の共著による『日本アニメーション映画史』が刊行される。今日に至るも参考資料として挙げられることが多く、発行時点までの日本アニメ史をまとめた基本文献として地位を確立している。海外アニメーションやアートアニメーションの評論については、1966年に『アニメーション入門』を著した森卓也やおかだえみこらが独自に活動をしていた。

一方、1963年の『鉄腕アトム』に始まるテレビアニメーションについての批評と研究については、1970年代末に始まるアニメブームを待たなければならなかった。アニメブームが到来すると、これまで「テレビまんが」「紙芝居」として、評論の対象にならなかったテレビアニメの作品群と、そのクリエイターにスポットライトが当たるようになった。その担い手は、テレビアニメによって育った世代によるものである。この頃に創刊されたアニメ雑誌は、かねてより同人誌で活動していたファン出身のライターの力を借りて誌面を構成していた。氷川竜介、小黒祐一郎、原口正宏、霜月たかなか、中島紳介らは学生アルバイトから始まり、2000年代以降もプロのライターとして活発に活動している。「アニメージュ」誌はクリエイターの作品歴を系統的に紹介することに力を入れ、「アニメック」誌と「OUT」誌の初期においては、評論記事と読者投稿による作品評論が一つの売り物にもなっていた。しかし「Newtype」誌が登場した1980年代半ば以降は、アニメ誌はクリエイターや研究などのマニア的な記事から、キャラクターやグラビアを重視した作りに軸足を移していく。批評と研究を中心とした専門誌には、1998年創刊の「動画王」誌、1999年創刊の「アニメ批評」誌、2000年創刊の「アニメスタイル」誌などの試みがあったが、いずれも短命に終わり、「アニメスタイル」はインターネットのweb上で継続することとなった。定期刊行物の一方で、マニアックな研究本は、人気作品や人気クリエイターのものを中心に継続的に発行される状況にある。

ファンによる批評活動の媒体としては、アニメブーム以前より存在する同人誌によるもの。1980年代半ばまでを全盛期とするアニメ雑誌の読者投稿欄。1980年代半ばから1990年代前半までのパソコン通信電子掲示板1990年代半ば以降のインターネットがある。日本語版wikipediaでは、熱心なファンなどの執筆によりアニメの項目が非常に充実しているため、アニメに関する大きな情報源の一つとなっている。

1998年10月には、日本で初めてのアニメの学術的研究を趣旨とする「日本アニメーション学会」が設立された。


高年齢層のアニメのファン層の文化

1970年代初頭まで、テレビアニメは子供番組の一部と認識され、青年であるにもかかわらず、アニメだけを好んで見る趣味者がいることは知られていなかった。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki