アジア通貨危機は関連諸国の経済を崩壊あるいは打撃を与えただけでなく、インドネシアのスハルト政権やタイのチャワリット・ヨンチャイユット内閣を失脚させた。のみならず、ジョージ・ソロスらヘッジファンドやIMFを始めとした反欧米感情を招いた。アジア経済に対する不安感を招き、投資対象としての中国の台頭をも生んだ。
さらに、ユーロダラーは「質への逃避」を起こし、ことごとくアメリカへ回帰。新興市場への不信感からロシア財政危機、ブラジル危機をも招いた。
また、アジア諸国では外国からの資本導入にあたり、IMFの推進してきた資本移動の自由化の下で、比較的短期の物を導入していた事も、問題拡大に繋がったと指摘されている。経済的に不安が生じた場合に流動性の高い資本が急速に流出し、傷口を広げたとされる。加えてIMFが融資の条件として景気後退期に緊縮財政や高金利政策を課したことが危機をより深刻なものとしたとの評価もある。
東南アジア諸国の経済成長システムが1990年代のアメリカ経済成長システムと著しく似通っていたのが根本的な危機の要因であるとの評価もある。同じ投資過熱を起こす国であるなら、より信用のあるアメリカへと資本が逃避することになるため、東南アジア諸国の成長システムは経済のバランシング(見えざる手)により破壊されることになったとの見解もある。
脚注^ 「 ⇒タイ」 ⇒対外経済政策総合サイト。
^ 日本では郵便貯金が国債の最大の引受け先であるために被害を抑えることができたと言われている。[要出典]
関連項目
ワシントン・コンセンサス
外部リンク
⇒アジア通貨危機支援評価(外務省)
⇒アジア通貨危機クロニクル
⇒アジア通貨危機における日本の対応
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更新日時:2008年6月22日(日)20:06
取得日時:2008/08/15 18:18