この飼育方法では、特に観賞用であることから、見た目の美しい小型熱帯魚や心和ませる水草を繁茂させる事により、水槽の中に自然環境を再現させる物である。アクアリウム・イメージ写真(水草の間を泳ぐネオンテトラ)
愛好者の一部では「水中盆栽」とも呼ぶ事もあるこの様式は、古く自然の環境にある水中生物の生活を見せるための水族館でも見られたが、欧米では古くから好事家を中心とした愛好者も在った模様である。
理想的な状態にある水槽では、毎日1、2回程度の給餌と毎月1?2回程度の手入れでも充分に維持でき、さらにタイマー等で給餌や照明の点灯を自動化できるなどといった省力化を促す器具の進歩も有って、近年では忙しいサラリーマンの中にもこれに「ハマる」人も見られ、特に熱心な向きでは熱帯魚用の部屋まで用意して、私設水族館を開設するケースまで見られる。
これらには魚や水草以外にも、より自然環境に近づけるため甲殻類や貝の類(魚との共存を目指す事からタンクメイトとも呼ばれる)が導入されることもある。
アクアリウムは、世界に約6000万人の熱心な愛好者がいる、世界的に人気のある趣味である。1850年代には既に現代のアクアリウムの原型が斬新な珍奇物として初めて開発されていたのだが、後にアクアリウムの魚を健康に保つためのろ過システムを備えたことにより精巧なシステムが開発されるとともに、アクアリウム保有者の数は増大した。
公共の水族館は、個人の趣味レベルのアクアリウムを壮大な規模で再現したものといえる。例えば大阪水族館は、5,400立方メートルのタンク、および約580種の水棲生物のコレクションを誇る。
アクアリウムは、今や、単純な器に一匹の魚を収容するものから、注意深く設計された支援システムを備え複雑に設計(ないし構築)された生態系までに及び、飼育条件によって各々に幅広い愛好者層が存在する。
これらは、通常は淡水か塩水か、場合によっては汽水域を再現する様式があり、その一方で熱帯温度(摂氏25度前後から30度未満まで様々)か冷水温度(摂氏15度前後の様式も見られ、これらでは専用の冷却器が利用される)かによって分類される。また魚によっては好む硬度(軟水・硬水)も異なるため、飼育する魚の健康維持には様々な水質を再現する必要がある。(後述)
これらの特性によって、そのアクアリウムで生き残り成長することができる魚等のタイプが決まるが、そのいずれかのジャンルに傾倒するだけでも、かなり広い守備範囲を持つ事と成る。アクアリウムに入れる生き物はしばしば野生(→野生動物)のものから集められるが、商業ルートに供給できるように自然環境に在るものを捕獲・育成された生物もこれに加えられる事も少なくない。
注意深いアクアリストは、槽内の生態系がその飼育対象の自然な生息地を再現し、その状態を維持するために相当な努力を払う。水の品質管理は、栄養素の流入と流出、特に槽内の生物から発生する老廃物や餌の食べ残しによって発生する富栄養化の問題をも管理することを含んでいる。
この窒素循環は、与える餌による供給や水槽の飼育対象によって作られる有毒な窒素性廃棄物(糞など)を経由して、有益なバクテリアによりそれほど有毒でない窒素化合物へ物質交代されるまでの窒素フローを管理する必要がある。適切なアクアリウム環境を維持する上でのその他の要素は、適切な種の選択、生物学的負荷の管理および適切な物理的設計を含んでいる。
ただしこれらは愛好者にとっては厳密に理解して管理する必要は無く、適切な器具を組み合わせ、適切な量の生物を入れ、これが好む環境を与える事で、ある程度は自動的に環境が維持される。後は適切な量の餌を与えて飼育し、適時水替え等の手入れを怠らなければ、マニュアル通りに水槽の運用が可能である。
とはいえ水槽内環境は機械によって維持されるため、停電や漏電によるブレーカー切断など電力供給が滞ったり、機械的な故障が発生した場合に、致命的な問題も発生し得る。これらの問題に関しては、大規模設備では予備電源や維持装置の二重化などで対応しているが、個人規模では乾電池式のエアレーション装置を利用したり、他の熱源による保温など、様々な対応策が見られる。水槽規模に余裕がある場合は、多少の停電では然程影響が出ない場合もあるが、小さい水槽ほど短時間の停電でも影響が出やすい。
似たものでは水辺周辺域までもを再現したアクアテラリウムという様式も存在する。なお、陸上動物の飼育施設・設備はテラリウム、昆虫の飼育施設・設備はインセクタリウムと呼び、アクアテラリウムはアクアリウムとテラリウムの合成語である。※英語の原義では公的施設の水族館と、個人などの趣味の範疇にあるものは明確に区別されず、要するに水生生物の飼育施設・設備を指す語である。
水中生物の生活は、我々陸上に住む人間にとっては好奇の対象となりうる身近な異世界であり、また魚類は食糧としても珍重され、それを生かしていつでも好きな時に食糧として供する事は、食事が生物にとって大切な要素であると共に、美食が人にとっては大きな喜びであることから、古くより新鮮な魚を新鮮なまま生かす事にも関心が向けられている。
閉鎖環境あるいは人工環境中で魚を飼うことは、歴史的に深い起源を持つ。
古代のシュメール人は天然で捕まえた魚を、食料として池で飼うことが知られていた。
中国では、コイを選択的に繁殖させ、今日よく知られた金魚等を生み出すことが2,000年以上前に始まったと考えられる。
寺院の長方形の池で飼われている神聖な魚Oxyrhynchusの描写が、古代エジプト美術で見つかった。
さらに他の多くの文化が、実益と装飾の目的で魚を飼う歴史を持っている。中国の宋王朝中には、金魚が屋内に持ち込まれ、大きな陶器の容器の中でそれらを楽しむことが行われた。
室内に置いた透明な水槽中に魚を囲って鑑賞するために設計されたアクアリウムの概念が出現したのは、より最近のことだが、このアイデアが現れた正確な日付を示すことは難しい。
1665年に、日記作家サミュエル・ピープスは、ロンドンで「1杯の水の中で飼われた魚という、永久に生きるであろう素晴らしい、極めて特徴ある異国の珍品」を見たと記している。ピープスによって観察された魚は、当時東インド会社の取り引きがあった広東ではよく知られた庭魚だったパラダイスフィッシュ、Macropodus opercularisだったようだ。
18世紀に、生物学者アブラハム・トレンブリーは、オランダのベンティンクの住宅「Sorgvliet」の庭の水路で見つけたヒドラを、研究用の大きな円筒状のガラス容器中で飼った。ガラス容器中で水生生物を飼うという概念は、少なくともこの頃に遡る。
アクアリウムで魚を飼うことが英国で最初にポピュラーな趣味になるのは、1851年の大博覧会で展示された、鋳鉄の枠組みを持つ華麗なアクアリウムが登場してからである。
枠付きガラスのアクアリウムは、長い航海中に外国の植物を保護するために1830年代に英国の園芸家のために開発されていたウォーディアンケース(テラリウム)を改造したものだった(今日のアクアリウム保有者から見ると奇妙に思える、19世紀のアクアリウムの1つの特徴は、火でアクアリウムの水を加温できるように金属の底面パネルを使っていることだった)。
ドイツ人は英国人に匹敵する関心を持っており、19世紀の終わりまでにはハンブルクは多くの新種をヨーロッパにもたらす港になった。
第一次世界大戦の後、家庭に電気が普遍的に通されるようになるとともに、アクアリウムはより広く普及した。電気によって、人工照明、空気注入、水のろ過および暖房が可能になり、アクアリウムの技術に大きな進歩がもたらされた。