北海道、樺太、千島列島、北東北に住んでいた。
1897年のロシアの国勢調査ではアイヌ語を母語とする人間1,446人がロシア領に居住していたことがわかっている[4]。
1945年にロシアは日本に宣戦布告し、南樺太と千島列島を占拠、居住していたアイヌは本国である日本に送還された。1989年の東京在住ウタリ実態調査報告書では東京周辺だけでも北海道在住アイヌの一割を超えると推測されている。
北海道においては、アイヌ居留地などは存在しないが、北海道の平取町二風谷に多数が居住するほか、白老、阿寒では観光名所としてコタンが存在。人口は23,000人ほどとなる。支庁別にみた場合胆振、日高支庁に多い。
脚注^ 日独伊三国軍事同盟が締結された時もこの説はナチスによって利用された。すなわち「アイヌ人はアーリア人であり、日本人はアイヌ人の子孫である。だから日本人はアーリア人である」というのである(ナチス人種学者のハンス・ギュンターの説(アーリアン学説))。もちろん「アイヌ=ヨーロッパ人近似」説の全盛期においても、この説は「アイヌ=縄文人近似」説とは矛盾するものであり、片方が正しければ片方が間違っているという性質のものであり、その両説を併せた「日本人=アーリア人」説は、荒唐無稽以外の何ものでもない。
^ 根井正利ペンシルバニア州立大学教授「現代人の起源」に関するシンポジウム(1993京都)にて日本人(アイヌ・沖縄人含)は約3万年前から北東アジアから渡来し、弥生時代以降の渡来人は現代日本人の遺伝子プールにはほんのわずかな影響しか与えていない、という研究結果を出している。
^ 松本 秀雄 『日本人は何処から来たか―血液型遺伝子から解く』
^ ⇒Russian Empire Census of 1897: Totals ⇒Russian Empire Census of 1897: Sakhalin (ロシア語)
参考文献
『アイヌ民族抵抗史』三一新書 1977年 ISBN 438072011X
関連項目ウィキメディア・コモンズには、 ⇒アイヌ に関連するカテゴリがあります。
日本の民族問題
アイヌ語
アイヌ音楽
アイヌ語一覧
アイヌの一覧
大和民族
琉球民族
ウィルタ
ニヴフ
二風谷ダム
アイヌ民族共有財産裁判
蝦夷錦
イオマンテ
東北地方 陸奥国 北海道 樺太 千島列島 マタギ 先住民族 少数民族
北海道ウタリ協会
蝦夷
アラハバキ
俘囚
サンカ
外部リンク
⇒アイヌ文化入門( ⇒アイヌ民族博物館)
⇒社団法人 北海道ウタリ協会
⇒財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構
⇒ピヤラ アイヌ民族の今 - 北海道新聞
カテゴリ: 編集半保護中の記事 | アイヌ | 北東アジアの民族 | 日本の民族
更新日時:2008年7月23日(水)11:25
取得日時:2008/08/18 06:49