さいたま市成立以前の年表は、さいたま市の新設合併に関するもののみ記載。それ以外の構成旧市ごとの歴史については、浦和市、大宮市、与野市、岩槻市、またはこれらの市に編入された町村の記事を参照。
1980年(昭和55年)10月 - 県南中央地域の都市間相互のゆるやかな連合を掲げ、浦和市、大宮市、上尾市、与野市、伊奈町の4市1町および埼玉県による「埼玉中枢都市首長会議」が発足。
1982年(昭和57年)4月 - 従前の首長会議の名称を「埼玉中枢都市圏首長会議」に変更。
1982年(昭和57年)9月 - 「埼玉中枢都市圏構想・基本構想」策定。
1985年(昭和60年)12月 - 「埼玉中枢都市圏構想」の名称を「さいたまYOU And Iプラン」(構成4市1町の英表記頭文字を組み合わせた名称)に変更。
1990年(平成2年)7月 - 「政令指定都市化」を公約にして、新藤享弘が大宮市長に就任。だが、単独での実現は現実的には無理で、合併による政令指定都市化を目指すものだった。これには与野市長の井原勇も同調した。
1991年(平成3年)4月 - 「政令指定都市化」を公約にして、相川宗一が浦和市長に就任。これに難色だった現職の中川健吉を破っての就任であった。
1992年(平成4年)4月 - 国土庁が4市1町の圏域を「埼玉中枢都市圏域業務核都市基本構想」として承認。
1993年(平成5年)6月 - 旧国鉄操車場跡地に、国の10省庁17機関の移転決定。
1993年(平成5年)12月 - 4市1町の強固な連合を目標とした「彩の国YOU And Iプラン」を策定。以後、合併政令指定都市化の動きが活発化する。
1995年(平成7年)7月19日 - 上尾市が、浦和市・大宮市・与野市からの合併協議会設置請求に対し拒否回答。
1997年(平成9年)12月18日 - 浦和市・大宮市・与野市による任意協議会設置。
2000年(平成12年)4月29日 - 3市による法定協議会設置。
2000年(平成12年)9月5日 - 合併協定調印式
2000年(平成12年)9月25日 - 合併関連議案を、3市の市議会が可決。
2000年(平成12年)12月22日 - 合併関連議案を、埼玉県議会が可決。
2001年(平成13年)1月25日 - 官報告示
2001年(平成13年)5月1日 - 浦和市、大宮市、与野市が合併し、さいたま市発足。人口50万の規模の大きい「双子都市」を含む合併として注目を集めた。同様の「双子都市」合併例としては、他に2003年の静岡市と清水市の合併がある(ただし静岡市と清水市の人口は大きな差があった)。
2001年(平成13年)7月29日 - 上尾市が、「さいたま市との合併の是非を問う住民投票」を実施し、その結果は「反対(58.3%)」・「賛成(41.7%)」となった。
2001年(平成13年)8月6日 - 伊奈町が、「合併協議を断念する」と返答する。
2001年(平成13年)8月8日 - 上尾市が、「合併協議を辞退する」と正式に返答する。
2002年(平成14年)3月19日 - さいたま市議会が、「政令指定都市の実現に関する意見書」を可決。
2002年(平成14年)3月20日 - さいたま市が、埼玉県知事・埼玉県議会に政令指定都市移行促進について要望。
2002年(平成14年)6月28日 - 埼玉県議会が、「政令指定都市の指定促進に関する意見書」を可決。
2002年(平成14年)8月9日 - さいたま市が、総務大臣に政令の改正(政令指定都市移行)を要望。
2002年(平成14年)10月25日 - 閣議決定
2002年(平成14年)10月30日 - 政令公布
2002年(平成14年)11月20日 - さいたま市議会が、「政令指定都市関連議案(区の設置並びに区の事務所の位置、名称及び所管区域を定める条例案)」を可決。
2003年(平成15年)1月26日 - 岩槻市が、「岩槻市の合併に関する住民投票」を実施し、その結果は「さいたま市との合併(52.6%)」・「合併しない(38.8%)」・「春日部市、宮代町、杉戸町、庄和町との合併(8.5%)」となった。
2003年(平成15年)2月5日 - これを受けて、岩槻市はさいたま市に対して合併協議を申入れる。
2003年(平成15年)2月24日 - さいたま市は、「岩槻市との合併について検討に入る」と返答する。これを受け、岩槻市議会が「さいたま市との任意協議会設置に関する決議案」を可決。
2003年(平成15年)3月12日 - さいたま市議会が「岩槻市との任意協議会設置に関する決議案」を可決。
2003年(平成15年)4月1日 - 政令指定都市に指定、9つの行政区が発足。
2003年(平成15年)4月21日 - 2市で連絡会「さいたま市・岩槻市合併問題連絡会議」設置。
2003年(平成15年)7月15日 - 2市による任意協議会「さいたま市・岩槻市任意合併協議会」設置。
2004年(平成16年)6月25日 - 2市による法定協議会設置。
2004年(平成16年)8月24日 - 合併協定調印式
2004年(平成16年)9月29日 - 合併関連議案を、岩槻市議会が可決。
2004年(平成16年)10月13日 - 合併関連議案を、さいたま市議会が可決。
2004年(平成16年)12月20日 - 合併関連議案を、埼玉県議会が可決。
2005年(平成17年)1月26日 - 官報告示
2005年(平成17年)3月25日 - さいたま新都心へのさいたまタワーの誘致に失敗。
2005年(平成17年)4月1日 - 岩槻市を編入合併し、旧岩槻市の市域を区域とする岩槻区が発足。
さいたま市は浦和市、大宮市といった人口規模のほぼ同じ市をはじめとする複数の市が対等の地位で合併したという側面が強い。さらに成立してまだ日が浅いことから、市の歴史は旧4市それぞれについて個別に記述されることが多い。
近世の浦和は中山道の宿場町(浦和宿)として、大宮は中山道の宿場町(大宮宿)や武藏一宮氷川神社の門前町として、与野は脇街道の宿場町として誕生・拡大してきた。