あさま山荘事件
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事件後の情勢

逮捕後の取り調べで、仲間内のリンチ殺人事件(山岳ベース事件)が発覚し、世間に衝撃を与えた。また、逃走していた連合赤軍メンバーも次々と自首し、主要なメンバーが逮捕されたため、連合赤軍は崩壊した。しかし、立て篭り犯の一人であった坂東國男は、事件3年後の1975年に日本赤軍が起こしたクアラルンプール事件によって「超法規的措置」として釈放され、日本赤軍に合流した。
1972年9月5日西ドイツ(当時)でミュンヘンオリンピック事件が発生し、黒い九月により人質全員が殺害され、日本国内に衝撃を与えた。事件後、警察庁は全国の都道府県警察に通達を出し、「銃器等使用の重大突発事案」が発生した際、これを制圧できるよう特殊部隊の編成を行うこととした[1]

だが5年後の1977年9月28日ダッカ日航機ハイジャック事件が発生した際、日本政府は犯行グループの要求を受け入れ、身代金(600万ドル)を支払い、超法規的措置により6名を釈放したため、国内外から厳しい批判を受けた。この事件に対する教訓から、同年、政府は警察にハイジャック対策を主要任務とする特殊部隊を創設した。この部隊が近年増設され、SATと呼ばれている。

国外逃亡した坂東を除いた他の4人のメンバーについては、坂口弘は死刑、吉野雅邦は無期懲役、加藤倫教は懲役13年、加藤元久は中等少年院送致とそれぞれ判決が確定した。なお、坂口と吉野への最高裁の判決は1993年2月19日で、あさま山荘事件発生からちょうど21年であった。


関連作品


警察側

『旭の友特集号』 「連合赤軍軽井沢事件」 持田昭編 1972年6月1日 長野県警察本部警務部教養課・発行

長野県警察本部警務部教養課による事件をまとめた作品。


『連合赤軍「あさま山荘」事件』佐々淳行 文藝春秋 1996年

警察側広報担当幕僚長であった、佐々淳行の手になるドキュメンタリーが、1996年に『連合赤軍「あさま山荘」事件』のタイトルで文藝春秋から出版された。なお、この作品は1999年に文庫化され『連合赤軍「あさま山荘」事件-実戦「危機管理」』の表題に改められた上出版されている。この作品は事件から30年目に当たる2002年に『突入せよ! あさま山荘事件』のタイトルで映画化された。


雑誌『正論』2002年4月号産経新聞「あさま山荘事件、いまだ決着せず」大久保伊勢男

当時の警視庁第九機動隊長を勤めた大久保伊勢男氏の手記「あさま山荘事件、いまだ決着せず」が所収されており、これによると「鉄球作戦は失敗ではなかったか」と、疑問を呈している。



『連合赤軍「あさま山荘事件」の真実』北原薫明 ほおずき書籍 2007年[親本は1996年]

事件当時の警備二課長である著者は、『連合赤軍「あさま山荘」事件』を、@事実に異なる点がある、A長野県警が一丸となって死力を尽くした点などが十分に記述されていない、と批判している。


連合赤軍側

『あさま山荘1972(上)(下)』坂口弘 彩流社 1993年

『続 あさま山荘』坂口弘 彩流社 1995年

赤軍側実行犯のひとり坂口弘による赤軍側から見た獄中手記。


『連合赤軍 少年A』加藤倫教 新潮社2003年

加藤倫教による手記。著者は兄が山岳ベース事件によって殺害されており、弟と共に山荘に立て篭った。


報道機関側

久能靖『浅間山荘事件の真実』 河出書房新社 2000年

日本テレビアナウンサーとして、この事件を現場で実況中継した著者による、「報道側の視点」からの事件の再検証。単なる事件の回想ではなく、執筆に当たり関係者に取材も行っており、この中では鉄球が停止した本当の理由や、事件解決後の被害者のことなどについても触れられている。


第三者による作品

円地文子『食卓のない家』新潮社 1979年

立松和平光の雨新潮社 1998年

山岳ベース事件を中心とした一連の連合赤軍事件をテーマとした小説。こちらの作品も2001年映画化された(原作を「劇中劇」とする手法を用いている)。ただし、小説・映画ともあさま山荘事件の場面はわずかである。


「?あさま山荘事件?『雪原を血にそめて』」(演劇) 劇団 S.W.A.T!

この事件をテーマとした舞台。(1997年銀座博品館劇場及び2000年下北沢 本多劇場)


関係者のその後

当時警察庁警備局公安第三課課長補佐として参加していた亀井静香は後に衆議院議員となり、現在は国民新党に所属している。

国松孝次は後に警察庁長官に就任するが、在任中何者かに狙撃されている(警察庁長官狙撃事件)。

前述の佐々の伝令だった後田成美巡査は現在、衆議院議員山本有二政策担当秘書をしている。


エピソード

警備要員用にふもとから手配した弁当が厳寒のためにすべて凍ってしまったため、やむなく当時販売が開始されたばかりの日清カップヌードルが隊員に頒布された。手軽に調達・調理が出来た上に寒い中長期間の勤務に耐える隊員たちに温かい食料を提供出来たため、機動隊員の士気の維持向上に貢献したといわれている。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Smilegreen