齋藤弘
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齋藤 弘(さいとう ひろし、1957年10月18日 - )は山形県知事である。2005年2月に就任し、現在1期目。山形市出身。

山形県知事 齋藤 弘生年月日1957年(昭和32年)10月18日
出身地山形県山形市
出身校東京外国語大学
ジョンズ・ホプキンス大学
学位修士MIPP・修士MA
前職山形銀行
世襲の有無世襲ではない
就任年月日2005年(平成17年)
退任年月日(現職)
当選回数1回
所属(推薦)党派無所属(自民党推薦)
ウェブサイト ⇒さいとう弘 (公式ページ)

目次

1 経歴

2 概要

3 逸話

4 政策

5 外部リンク

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経歴

1970年3月 - 山形大学教育学部附属小学校卒業。

1973年3月 - 山形大学教育学部附属中学校卒業。

1976年5月 - 米国カンザス州ラッセルハイスクール卒業。

1977年3月 - 山形県立山形東高等学校卒業。

1981年3月 - 東京外国語大学外国語学部を卒業、日本銀行入行。この間、国際通貨基金でも勤務。

1989年5月 - ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)卒業。(修士MIPP)

1990年5月 - ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)卒業。(修士MA)

1999年5月 - 預金保険機構勤務。

2003年5月 - 日銀退職、山形銀行入行。

2004年11月 - 山形銀行退職。

2005年1月 - 山形県知事選挙立候補・当選。


概要

日本銀行を経て、山形銀行の総合企画副部長や監査副部長などを歴任。その後、平成17年(2005年)1月の山形県知事選挙に衆議院議員加藤紘一の支援を受け出馬する。

平成5年(1993年)、現職の板垣清一郎の急死で行われた知事選挙で、加藤紘一は近藤鉄雄が推す当時副知事の高橋和雄の出馬に対抗し、別の候補を推したが敗れ、加藤紘一と高橋和雄の関係は非常に微妙なものとなった。そして、平成17年の選挙で4選を目指す高橋和雄は共産党を除く県議会全会派から支持を取り付け、県内市町村長の多くも支持し、地元財界、マスコミ、県職員労働組合などからも支持を受け、オール与党体制で当時は現職の高橋当選が確実視されていた。

県内選出国会議員も高橋支持を打ち出す中、加藤紘一は高橋4選阻止のため、新人候補を探し、白羽の矢が立った斎藤弘であった。加藤は斎藤を説得し、出馬に漕ぎ着けたが、当選は厳しいとの見方が支配的であった。しかし、結果は4477票という僅差で斎藤が当選した。勝因は、若さを全面に出し、高齢の高橋の長期政権に県民が危機感を持ったこと。県職員出身の高橋が財政再建、行政改革に後ろ向きであると見られたこと。当選確実と思われたことから、高橋陣営の支援団体の選挙活動が疎かになったことなどが挙げられる。

当選後、女性副知事登用問題などで県議会と激しく対立したが、妥協せず自分の政策を押し通す事が多く見られる。平成19年(2007年)に実施された県議会選挙では、自分を支持した加藤派の候補のみ応援した。また、県庁内部でも高橋子飼いの幹部職員の多くが県庁を追われ、県職員労働組合と対決姿勢を鮮明にし、県職員給与を引き下げた。

平成18年(2006年)、前の高橋県政下では副知事を務め、Jリーグに所属するプロサッカークラブモンテディオ山形の運営母体である社団法人山形県スポーツ振興21世紀協会では同協会発足当初から天下りする形で理事長も務めていた金森義弘を任期満了で退任させる(事実上の追放)。これに反発した同協会理事2名が自ら辞表を提出して理事を辞任する。その後、後任人選を日本サッカー協会会長の川淵三郎に依頼し、川淵が推薦した鹿島アントラーズ元専務の海保宣生を同協会の新理事長に迎え入れた。また、同時期には同協会に対する県の支援金も大幅に削減した。なお、高橋前県知事と同様にまだ県知事としてモンテディオ山形の試合を観戦した事は一回もない。


逸話

子煩悩で自らのホームページで、「子育て日記」というコーナーを設けている。


日本銀行在職時に「私は日本銀行で働いているのだから県職員にしてください」という要望を県に対し行ったという。


政策

県知事選の公約でもあった県内の農業製品や工業製品、観光などを県が認定する県産ブランド「山形セレクション」を創設した。しかし、他県では現時点においてほとんどブランド名の知名度がなく、業種によっては未だに選定基準すら決まってないものもある。


平成19年度より,やまがた緑環境税を課税した。しかし,その際の県民への周知方法の強引さは,税の趣旨に対する賛成者からも反発を買った。実際,税事業は開始されたものの,準備不足により肝心の森林整備については進んでいない(ソフト事業はそれなりに実施)。


道路建設に積極的で、東北中央自動車道の早期完成を目指す他、日本海沿岸東北自動車道温海延伸を決めた。このため、道路特定財源の確保を主張している。


県の財政回復を目指している。しかし、一方で道路は前知事高橋氏より積極的なため、矛盾しているのではないかという批判がある。また、このために県職員の減給などを実施しており、県内の公務員の反発を買っている。


自民党加藤紘一系統のみの支援で選挙を勝ち抜いたが連合山形を訪れるなど、関係修復を試みている。なお、同じ自民党でも加藤以外の県内選出代議士系統の議員との関係も微妙である。県議会は現在、共産党を除くオール与党体制。共産党は前回の県議会選挙で「オール与党体制を阻止」などとビラを配った。


最上川出羽三山世界遺産登録を目指している。

ふるさと納税制度の実現を目指し、鳥取県知事平井伸治宮城県知事村井嘉浩佐賀県知事古川康徳島県知事飯泉嘉門をはじめとする地方知事と連絡をとりあっている。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki