くろさわ あきら
黒澤 明
生年月日1910年3月23日
没年月日1998年9月6日(満88歳没)
出生地 東京府荏原郡大井町
職業映画監督
家族長男・黒澤久雄、長女・黒澤和子
受賞
アカデミー賞
名誉賞
1952年『羅生門』
外国語映画賞
1976年『デルス・ウザーラ』
名誉賞
1990年 映画芸術への功績に対して
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黒澤 明(くろさわ あきら、新字体:黒沢、1910年3月23日 - 1998年9月6日)は、日本の映画監督。小津安二郎、溝口健二、成瀬巳喜男らと共に、世界的にその名前が知られた日本映画の巨匠の一人。日本では「世界のクロサワ」と呼ばれた。米国映画芸術科学アカデミー会員。文化勲章受章。文化功労者。東京都名誉都民。
目次
1 経歴
1.1 監督になるまで
1.2 白黒映画監督時代
1.3 白黒映画および三船との決別後
2 作品をめぐる評価とその演出
3 三船敏郎との関係
4 世界的な影響
5 その他
6 芸能界に関係する家族
6.1 脚注
7 監督作品
8 その他の作品
8.1 その他の映像作品
8.2 作詞
9 受賞歴
10 著作権問題
11 出典
12 関連項目
13 外部リンク
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東京府荏原郡大井町(現在の東京都品川区東大井)の学校法人日本体育会(現:日本体育大学)敷地にて、4男4女の末っ子として生まれる。父親は秋田県大仙市(旧中仙町)出身の元軍人、体育教師、学校法人日本体育会理事。黒田小学校を経て、1928年、京華中学校卒業。画家を志して日本プロレタリア美術家同盟に参加、洋画家の岡本唐貴(白土三平の実父)に絵を教わる。1936年、画業に見切りをつけて26歳でP.C.L.映画製作所(現在の東宝)に入社。主として山本嘉次郎の助監督を務める。
1943年、『姿三四郎』で監督デビュー。以後、終戦を挟んで『一番美しく』『わが青春に悔なし』『素晴らしき日曜日』『醉いどれ天使』『野良犬』などの社会派ヒューマンドラマの佳作を次々と発表し、東宝の看板監督の一人となる。
また山本が参加していたオーディションで、三船敏郎をたまたま目撃。本来は落選となっていた三船だが、一目ぼれした黒澤は山本に直訴までして採用。三船のデビュー作『銀嶺の果て』では既に脚本を務めた(共演者に志村喬もいた)。三船のデビュー3作目『醉いどれ天使』からは、黒澤監督作品の常連俳優となった。
1950年に大映で撮影した『羅生門』(原作は芥川龍之介の『藪の中』)は1951年にヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を受賞。