中華人民共和国 雲南省 麗江市
雲南省中の麗江市の位置
中心座標 ⇒26°53′″N, 100°14′″E
簡体字?江
?音L?ji?ng
カタカナ転記リージャン
市中華人民共和国
省雲南
行政級別地級市
建置1271年
建市2003年
面積
- 総面積7,648 km?
人口
- 総人口(2005)113.76 万人
- 人口密度53.6 人/km?
経済
⇒電話番号888
⇒郵便番号674100
ナンバープレート雲P
行政区画代碼530700
官方ウェブサイト: ⇒http://www.lijiang.gov.cn/
麗江の街並み。街の中には水路が数多く走っている。右の女性の着ている青い服装はナシ族の民族衣装。麗江では普通に見かけることができる。麗江の家並み。瓦や煉瓦はこの地方の土の性質で燻銀色になる。商店の看板にもトンパ文字が見られる。ナシ族の踊りとそれを見る観光客(2004年)。
麗江市(れいこうし)は中華人民共和国雲南省西北部に位置する地級市。
麗江古城はかつて少数民族のナシ族の王都であり、現在でもナシ族の人々が多く居住している。またナシ族のほかにリス族、プミ族、ペー族、イ族が居住し、漢族より少数民族人口の多い地域となっている。1996年の大地震で大きな被害を受けたが、翌年の古城区(麗江古城)の旧市街世界遺産への登録などを契機に復興が進められ、地震被害はほぼ修復されている。
目次
1 歴史
2 行政区域
3 地理
4 文化
5 交通
6 観光
7 世界遺産
8 友好関係
9 外部リンク
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旧石器時代以降、新石器時代や青銅器時代、鉄器時代の遺跡が残り、古くから人類が生存してきたことを示す。戦国時代には秦の勢力下に置かれ蜀郡が設置された。漢代には遂久県が設置され中原支配を受けるようになったが、唐代以降は吐蕃や南詔、大理の支配下に置かれた。
1271年明軍が元朝に隷属していた大理国を征服すると、この地の領主を麗江宣慰司に任命したことで麗江の地名が誕生した。宣慰司とは中国周辺の諸民族で、統一国家を樹立せず、その民族内の有力者たちが個別に中国王朝と朝貢する際に、その民族の有力者たちが中国王朝より与えられる土司に分類される官職名であり、麗江ではナシ族の木氏が宣慰司号を世襲することになった。その後麗江軍民府と改称され、清代には流官(中央任命官)が支配する麗江府となり、中華民国が成立すると麗江県が設置された。
1949年7月、人民解放軍の進出によって麗江県人民政府が成立、1961年4月には麗江ナシ族自治県となった。さらに2003年6月8日、周辺地区を統合し地級市に昇格し現在に至っている。
雲南省北西部の横断山脈南方、長江上流金沙江の屈曲部付近の谷に位置し、街の周りを丘に囲まれる。旧市街地の平均標高は約 2,400 メートルの高原に位置している。市の北には標高 5,596 メートルの玉龍雪山がある。
中国の都市には大理のように城壁に囲まれているのが一般であるが、旧市街の周囲には城壁が存在していない。伝承によれば麗江を治めた王朝が、当時の皇帝の名「 ⇒朱」から兜を取った「 ⇒木」という名前を与えられた当時の頭首阿甲阿得は木氏と姓を改め街を治めた。麗江も異民族の脅威に直面することもあったが、木氏は算卜により、木が統治する地域を城壁で囲むこと「木」が「 ⇒困」になることを嫌い城壁を造営しなかったとされる。