高蔵寺ニュータウン
所在地愛知県春日井市
整備主体住宅・都市整備公団
事業手法土地区画整理事業
開発規模702ha
整備開始1966年
整備終了1981年
計画人口81,000人
現在の人口48,461人(2005年)
現在の世帯数19,308世帯(2005年)
最寄駅高蔵寺駅
高蔵寺ニュータウン(こうぞうじニュータウン)は、愛知県春日井市東部の丘陵地帯に建設されたニュータウン。千里・多摩と並ぶ黎明期のニュータウンの一つである。
目次
1 概要
2 年表
3 学校
3.1 高等学校
3.2 中学校
3.3 小学校
4 最寄駅
5 関連項目
6 外部リンク
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高蔵寺ニュータウンは、名古屋市の中心部から北西17kmに位置する、東西約4km・南北約4kmに渡るニュータウンで、名古屋市のベッドタウンとして開発された。1968年に入居が開始された、日本で二番目に古い大規模ニュータウンである。
ニュータウンの中心部には航空自衛隊高蔵寺分屯基地がある。高蔵寺ニュータウンの計画はこの基地の移転を前提にしたものだったが、移転候補先で反対運動に合い、移転計画が頓挫してしまった。そのため高蔵寺ニュータウンは、基地を抱えたまま現在に至っている。同基地が移転せずその部分が未だに開発されていない分だけ、計画よりも人口が少なくなっている。同基地は今なお航空自衛隊の弾薬庫として機能しており、有事の際のリスクは高い。
そのニュータウンの中心部に、アピタ高蔵寺店を中核としたサンマルシェと呼ばれるショッピングセンターがあり、このショッピングセンター周辺がニュータウンの中核施設群「センター地区」となっている。また、ニュータウン周辺には郊外型の店舗が多数進出している。
ニュータウンの最寄り駅である高蔵寺駅からは、JR中央本線で名古屋市内に20分で、愛知環状鉄道線で瀬戸市に10分で行く事が出来る。
他の大規模ニュータウンと違って、ニュータウン内を鉄道が通っていないが(桃花台線がその役割を担う予定だった)、ニュータウンから高蔵寺駅までは名鉄バスとジェイアール東海バスが、ニュータウンから春日井市民病院まではかすがいシティバスはあとふるライナーが、ニュータウン内にはサンマルシェ循環バスが走っている。また、車の所有率も高い。
名古屋市のベッドタウンであるため、名古屋市への勤務者がきわめて多い。また、他のニュータウン同様、高齢化が深刻な問題になっており、一時は学区統廃合の議論も起こった。現在は初期入居者の子供たちのUターンにより、ある程度人口は持ち直しを見せている。
このニュータウンが丘陵地帯を開拓して作られた事にちなみ、地名には「台」の文字が付けられている。
藤山台
岩成台(いわなりだい)
高森台
中央台
石尾台
押沢台
高座台(たかくらだい)
周辺には
玉野台 白山台
が隣接する。
年表
1960年5月 - ニュータウン建設の適地調査(候補地選定)開始
1960年10月 - ニュータウン建設地が高蔵寺に決まる
1964年12月 - 造成工事始まる
1966年5月 - 起工式
1967年6月 - 公団住宅建設開始
1968年5月 - 高蔵寺ニュータウン第1次入居(藤山台集合住宅入居)開始
1971年3月 - 岩成台集合住宅入居開始
1971年5月 - 医者村に1件目の診療所が開業
1971年7月 - 藤山台(現在の住所表記では岩成台)に、ココストアが開店
このココストア藤山台店は、日本で最初に開店したコンビニエンスストアである
1972年 - 1965年に次いで高森山で山火事が発生、高森山は禿げ山となる
これを受けて、同年11月に「どんぐり作戦」が始まる(住民の手による緑化として、全国のモデルケースとなる)
1973年 - ニュータウン内の違法駐車が問題となり始める
1973年3月 - 高森台集合住宅入居開始
1974年7月 - 中央台集合住宅入居開始
1975年2月 - 7つの診療科が揃い、医者村が完成
1975年6月 - ニュータウン内を流れる愛知用水で幼児が水死する
翌年にも児童の転落事故があり、愛知用水をフェンスで厳重に囲う等の対策が取られる事になる
1976年5月 - 雨により高森台で石垣が崩壊し、1名が圧死する
違法駐車に阻まれて重機が進入できず、救助が遅れてしまった
その後の数か月間で、各所で石垣の崩壊が相次ぎ、石垣の多くが緩斜面に改修される事になる
1976年10月 - 中央台に総合スーパーユニーを核店舗とするショッピングセンターサンマルシェが開店
現在のアピタ館と北西エリアに相当する部分が開業
1978年3月 - 高座台集合住宅入居開始
1979年3月 - 藤山台で火災が発生。