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高英姫
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各種表記
チョソングル:???
漢字:高英?
平仮名:
(日本語読み仮名){{{hiragana}}}
片仮名:
(現地語読み仮名)コ・ヨンヒ
ラテン文字転写:{{{latin}}}
英語表記:Ko Young-hee
高英姫(コ・ヨンヒ、 1953年 - 2004年8月13日[1])は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正日総書記の夫人のなかの一人で、もっとも寵愛を受けていたと考えられている。金正哲・金正雲・金英順の実母。本名は高春幸(コ・チュンヘン、???)。
1953年、コリアタウンである大阪市生野区鶴橋で生まれた。柔道家の父・高太文(コ・テムン、???)と母親、妹の四人家族だった。 1960年代の初めに帰国事業で家族とともに北朝鮮に渡った。
1971年頃、万寿台(マンスデ)芸術団に入り、舞踊家として活動、そこで金総書記と出会ったとされている。父の高太文は北朝鮮柔道の草分けとなり、その縁で金総書記と知り合ったとの説もある。1973年の万寿台芸術団訪日時には来日している。
北朝鮮で高夫人を偶像化する動きがあり、正哲が後継者に急浮上してきたと注目が集まっている。
以前から重病ではないかという説は囁かれていたが、2004年の夏に韓国メディアから癌などで死亡したという報道がされた。
高英姫夫人の死により、夫である金正日は泣き崩れたといわれる。
東京スポーツ(2007年12月4日付)紙面によると、実父は大同山又道(本名:高泰文、日本名:高山州弘)であり、1960年頃に北朝鮮の柔道を強くする目的で妻と娘(高英姫)を伴って帰国したとのこと。尚、大同山は1920年1月10日生で、1956年2月に「東亜プロレス協会」を立ち上げてパワーファイターとして活躍したが、同団体は1年程で崩壊した。
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脚注^ 8月13日というのは、主に韓国メディアが報じた有力な死亡日時であるが、5?6月に死んだという報道もある。しかし、北朝鮮当局は公式に発表していないため正確な死亡日時は不明である。
カテゴリ: 正確性 | 人物関連のスタブ項目 | 北朝鮮の人物 | 在日韓国・朝鮮人の人物 | 大阪市出身の人物 | 1953年生 | 2004年没
更新日時:2008年9月23日(火)13:13
取得日時:2008/11/14 02:40