高等学校設立年表
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日本の高等学校設立年表(にほんのこうとうがっこうせつりつねんぴょう)は、旧制度の下で設立された教育機関(藩校旧制中等教育学校など)のうち、現存する新制高等学校の前身となっている学校の設立年表である。

昭和時代に入ってから旧制中等教育学校として設立され、学制改革により新制高等学校へ移行した学校の数は膨大であるため、1926年12月24日[1]以前に設立され、戦後新制高等学校へ移行したもののみを記載する。昭和時代に設立されたものを含む旧制中等教育学校全般については、旧制中等教育学校の一覧を参照のこと。
凡例


現存する高等学校の前身となった教育機関(藩校、旧制中学校、高等女学校、実業学校、補習学校など)の設立年(月日)により配置。

現存校の前身となった教育機関が複数ある場合には、前身ごとに掲載。

開校日または設立認可年月日により配置。開校日は「開校」、設立認可年月日は「設立認可」、いずれか不明の場合には「設立」と記載。授業開始日等も明らかな場合には記載。

改称は、特に重要なものに限って記載する。例えば、著名な校名への改称、藩校・私塾等から近代学校制度に基づく学校(尋常中学校など)となった場合の改称、私立・町村立から道府県立へ移管された場合の改称、現存する学校の直接の前身となった学校への改称など。

設立年月日と創立記念日が異なるなど、特に再掲する場合には冒頭に「*」を付する。

記載例


18○○年(明治○○年)○月○日 - 実業家・○○が私塾として○○を設立。19○○年(明治○○年)、県への移管により○○県立○○中学校と改称。19○○年(昭和○○年)、○○県立○○女子高等学校(旧・○○県立○○高等女学校)と統合(現、○○県立○○高等学校)。

目次

1 明治時代より前

2 明治時代

3 大正時代

4 脚注

5 関連項目

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明治時代より前

1618年元和4年)7月 - 上杉景勝家老直江兼続が禅林寺(現法泉寺)に米沢藩の学問所禅林文庫を創設。後に上杉鷹山興譲館と改称(現、山形県立米沢興譲館高等学校)。

1664年寛文4年) - 会津藩にて横田俊益が学問所、「稽古堂」を設立、1804年文化4年)藩校日新館1882年(明治15年)私立日新館、1890年(明治23年)私立会津中学校、県へ移管され福島県立会津中学校と改称(現、福島県立会津高等学校)。

1669年寛文9年) - 岡山藩藩校として新学校を設立(現、岡山県立岡山朝日高等学校)。

1670年寛文10年) - 大村藩が藩校として集義館を設立。後に五教館と改称(現、長崎県立大村高等学校)。

1718年享保3年) - 長州藩の6代藩主・毛利吉元が、藩校として明倫館を設立(現、山口県立萩高等学校)。

1752年宝暦2年) - 三河吉田藩が藩校として時習館を設立。1895年(明治28年)5月、豊橋町立豊橋尋常中学時習館と改称(現、愛知県立時習館高等学校)。

1758年宝暦8年) - 小倉藩が藩校として思永斎を設立(現、福岡県立豊津高等学校)。

1781年天明元年) - 佐賀藩が藩校として弘道館を設立。学制改革で一旦廃校。1876年(明治9年)、同地に佐賀変則中学校を開校(現、佐賀県立佐賀西高等学校)。

1783年天明3年) - 尾張藩が藩校として明倫堂を設立。1899年(明治32年)、私立明倫中学校が設立認可される。1919年(大正8年)、県へ移管され愛知県立明倫中学校と改称。1948年(昭和23年)10月、愛知県立第一女子高等学校(旧・愛知県立高等女学校)と統合(現、愛知県立明和高等学校)。

1783年天明3年)2月6日 - 久留米藩が藩校として学問所を設立。後に明善堂と改称(現、福岡県立明善高等学校)。

1784年天明4年)2月6日 - 福岡藩が藩校として修猷館を設立。1885年(明治18年)9月10日、県令に基づいて福岡県立修猷館を開館(現、福岡県立修猷館高等学校)。

1792年寛政4年)3月20日 - 佐倉藩が藩校として佐倉藩学問所を設立(現、千葉県立佐倉高等学校)。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki