高橋尚子
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オリンピック
陸上競技
2000年女子 マラソン
2008 名古屋国際女子マラソン高橋尚子像
岐阜メモリアルセンターにて高橋尚子ロードにある靴と足型のモニュメント
岐阜市

高橋 尚子(たかはし なおこ、1972年5月6日 - )は、女性マラソン選手である。岐阜県岐阜市出身。血液型O型2000年シドニーオリンピック女子マラソン競技で日本女子陸上競技選手初のオリンピック金メダルを獲得。オリンピック記録保持者(2時間23分14秒)。女子マラソンの元世界記録保持者。爽やかな笑顔と前向きな生き方から多くのファンを生み出し、社会人時代初期から引き継いでいるQちゃんの愛称で親しまれている。
目次

1 来歴

1.1 学生時代

1.2 リクルート時代

1.3 積水化学へ移籍

1.4 五輪優勝・世界記録達成

1.5 積水化学退社後

1.6 チームQ以後


2 エピソード

3 戦績

4 座右の銘

5 その他

6 受賞

7 関連項目

8 外部リンク

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来歴


学生時代

父親、母親ともに教育者。

中学から陸上競技を始め、藍川東中学・県立岐阜商業高校大阪学院大学商学部を卒業。

高校時代は800m選手で県予選岐阜県1位であったが全国インターハイでは予選で敗退となった。全国都道府県対抗女子駅伝にも出場した。

大学時代は日本インカレで1500m2位 3000m3位。駅伝などでも活躍した。

大学在学中、教師になるために母校県立岐阜商業高校で教育実習を受けていた。 だが、実業団数社から勧誘がきており、大学卒業後の自分の進路について教師になるか実業団で陸上を続けるか悩む事になる。陸上を続けるなら勧誘されていた企業ではなかったが小出義雄監督率いるリクルートが一番との高校時代の恩師からの助言もあり、リクルートに入社する事になる。


リクルート時代

1995年に小出義雄が陸上部監督を務めるリクルートに入社。しかしスカウトされての入社ではなく、自ら売り込んでの入社であったとのことである。この事から小出からは「有森裕子二世」と期待されるようになった。

当初はトラックランナーであった。1997年世界陸上競技選手権アテネ大会の女子5,000mに出場。予選レースを通過するも、決勝レースの順位は13位だった。1998年5月のIAAF国際グランプリシリーズ大阪大会(長居スタジアム)の女子5,000mで優勝している。

なお、アテネ世界選手権、高橋が練習パートナーを務めていた先輩の鈴木博美が女子マラソンで優勝した。 これを沿道で応援していた高橋は先輩の鈴木の優勝を喜ぶと同時に、自分ももしかしたら3番か4番にはなれたかもしれないと漠然とながらも感じ、次第にマラソンへの思いが強くなっていった。そこに監督の小出の強い勧め(高橋はマラソンで世界一の選手になれる)などもあり、高橋は本格的にマラソンランナーへと転向していく事になる。

1997年1月26日大阪国際女子マラソンを初マラソンの舞台とする。この時、小出は各種メディアにイチオシの選手として紹介していた。しかし初マラソンは中間点を過ぎた後、先頭争いから脱落してペースダウンとなり、優勝したカトリン・ドーレ ドイツ)には遠く及ばず、7位に終わる。1997年4月、小出がリクルートを離れ積水化学へ移籍すると、高橋も小出の後を追って積水化学へ移籍となった。


積水化学へ移籍

積水化学へ移籍した翌年の1998年3月8日名古屋国際女子マラソンでは、30km地点まではスローペースの先頭集団に目立たない位置でついていた。その後30Kmを過ぎてから、小出の「ここからいけ!」の号令に、高橋は猛烈なスパートを開始、間もなくして高橋の独走となる。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Smilegreen