騎士修道会
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騎士修道会(きししゅうどうかい)は、十字軍時代に、聖地エルサレムへの巡礼者を防衛、援助、救護する目的のために創設された、中世ローマ・カトリック修道会のことである。後にはイベリア半島東ヨーロッパでも異教徒との戦いのために活動した。

1118年に創設され1128年に公認されたテンプル騎士団を端緒とし、騎士であり修道士である会員、キリスト教教会を守護するための戦士と、清貧を旨とする宗教的に優れた人格をともに実現することを目標とする。 後には、聖地における巡礼者の救護を目的として設立された聖ヨハネ病院修道会とドイツ人の聖マリア病院修道会も騎士修道会へと発展し、それぞれ聖ヨハネ騎士団ドイツ騎士団と呼ばれるようになった。

テンプル騎士団と聖ヨハネ騎士団は西ヨーロッパの各地に寄進によって数多くの所領を持ち、豊富な財力を背景にパレスチナにおけるムスリムとの戦いに従事した。13世紀末にシリア地方における十字軍の領土が完全に失われると、テンプル騎士団はフランス王権の忌避に遭い解散させられるが、聖ヨハネ騎士団はロードス島に移ってムスリムとの戦いを続けた。

一方、1198年に創立されたドイツ騎士団は聖地での軍事的役割を期待されず、神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世の勅許を獲得してバルト海南岸のプロイセンリヴォニアに残る異教徒を十字軍の名目で征服する特権を与えられた。ドイツ騎士団はラトビアのキリスト教化を行っていたリヴォニア帯剣騎士団も吸収し、バルト海南岸に騎士団国家を築き上げる。しかし、ドイツ騎士団はポーランド王国と対立して1410年タンネンベルクの戦いに敗れて衰え、1525年に騎士修道会総長がルター派に改宗して世俗の領邦のプロイセン公国となった。

聖ヨハネ騎士団のみが主権をもった騎士修道会として存続し、ロードス島からマルタ島を経てローマに移ってマルタ騎士団と呼ばれている。


騎士修道会一覧

テンプル騎士団

聖ヨハネ騎士団

ドイツ騎士団

その他はCategory:騎士修道会を参照。


関連項目

キリスト教の歴史

騎士団


外部リンク

騎士団
カテゴリ: 騎士修道会 | 騎士 | キリスト教の歴史 | 修道会 | 十字軍 | エルサレム | 中世ヨーロッパ

更新日時:2008年7月4日(金)04:21
取得日時:2008/09/07 20:10


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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