2006年3月
出生1950年7月13日,10月31日
香港九龍
職業政治家
各種表記
簡体字?英九
繁体字馬英九
ピン音M? Y?ngji?
注音符号??? ?? ????
和名表記ば えいきゅう
発音転記マー インチウ
ラテン字Ma Ying-chiu
英語名Mark Ma, Ma Ying-jeou
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馬 英九(ば えいきゅう、マー・インチウ)は中華民国(台湾)の政治家。法学博士(ハーバード大学)。2008年3月22日に実施された2008年中華民国総統選挙で中国国民党公認候補として対立候補で民主進歩党公認の謝長廷を破り初当選。同党の8年ぶりの政権奪還を果たした。
職務第22,23代台北市市長
中国国民党第4代党主席
在職期間市長1998年12月25日-2006年12月24日
党主席2005年8月19日-2007年2月13日
妻周美青
政党中国国民党
目次
1 出生と米国留学
2 政界進出
2.1 蒋経国の秘書
2.2 法務部長
2.3 台北市長
2.4 国民党主席兼任
2.5 台北市長としての実績
2.6 特別費横領容疑
2.7 総統候補
2.8 総統当選
3 政治路線
3.1 中国政策
3.2 日本に対する態度
4 関連項目
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馬英九の祖籍は中国湖南省湘潭県馬家堰であり、香港の九龍で出生した。(広東省深?との資料もある)[1]。 五人兄弟姉妹の中で唯一の男児として育てられた。
1950年、両親とともに台湾に移住し、台北市で育つ。建国中学及び台湾大学法律学院法律系(法学部法学科)卒業。 中山奨学金の給付生としてニューヨーク大学大学院修士課程及びハーバード大学大学院法学博士課程(SJD)を修了する。 ハーバード大学在学中は、《波士頓通訊(ボストン通信)》という国民党系雑誌の編集長という肩書きとともに「職業学生」として反政府、民主化勢力の監視と報告に従事していた( ⇒[1])。これについては馬英九側は「当時の政治状況の中で、愛国、反台湾独立を表現したものだ」と説明している。 大学院修了後はメリーランド大学法学部研究顧問、ボストン第一銀行法律顧問、ニューヨーク市内の法律事務所で弁護士として活動した。
1981年、帰台した馬英九は総統府第一局副局長に就任し蒋経国の英語通訳を担当した。1984年には国民党中央委員会副秘書長に、1988年には行政院研考会主任委員兼大陸委員会(陸委会)工作匯報執行秘書に、1990年には国家統一委員会研究員、1991年には陸委会副主任委員兼スポークスマンに就任するなど行政経験を積み、同年国民大会代表全国区に国民党候補として選出されている。
1993年、連戦が行政院長に就任すると馬英九はその要請を受け法務部長に就任する。法務部長在任中は地方の汚職・不正政治資金摘発に力を振るい、死刑執行にも批判的姿勢を示した。
その後、1996年に行政院政務委員に就任。