饅頭(まんじゅう)とは小麦粉などを練って作った皮(生地:きじ)で小豆餡などの具を包み、蒸した菓子である。和菓子の一種。漢字は「万十」「万頭」「曼頭」などと書くこともある。
目次
1 起源説等
2 和菓子としての饅頭
2.1 生地の種類
2.2 行事で配るもの
2.3 具の種類
2.4 種類
3 沖縄の饅頭
4 中華まんじゅう
5 関連項目
6 外部リンク
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饅頭の起源は、中国の饅頭(マントウ)にあると言われている。マーラーカオなど従来の饅頭(マントウ)を起源とした中華風の饅頭は、中華まんとして区別されている。なお、現在の中国でマントウといえば、なかに餡も具も入っていない一種の蒸しパンである。中に具が入っているものは包子(パオズ b?ozi)と呼ばれる。
詳細はマントウを参照
饅頭(まんとう)は伝承によれば、3世紀の中国三国時代の蜀の宰相・諸葛亮が南征の帰途、川の氾濫を沈めるために川の神へと人柱を立てて、人の首を川に沈めるという風習を改めさせようと小麦粉で練った皮に肉を詰めそれを人間の頭に見立てて川に投げ込んだところ川の氾濫が静まった故事からこの料理が始まったという説がある。ただしこの説は北宋時代に書かれた『事物紀原』の創作を起源とし、のちの明時代に書かれた『三国志演義』(フィクション)で多く知られるようになり一般に流布し、このように解説されることが多い。ちなみに中華思想から見た場合、南の部族を南蛮と呼び南蛮人の頭であることから「蛮頭」が最初の名前であったとされ、発音は同じ“マントウ”である。その後、饅頭は川に投げ入れるのももったいないので祭壇で祭った後、食べられる様になったため、饅頭は当初は頭の形を模して大きかったものが、段々小さくなっていったと言われている。一方、「神を欺き、本物の頭だと信じ込ませる」ことから「瞞頭」と最初で呼ばれる説もある。
日本の饅頭の起源には2つの系統がある。ひとつは1349年に禅宗の僧と一緒に中国から渡来した林浄因と共に入ってきたと言われている。その際、禅宗のお茶と一緒に食べる菓子として饅頭を用いる事を考えた。しかし従来の饅頭は肉を使ってしまう(本来の仏教では肉食は禁じられていないが、日本では肉食を禁じた)ので、代わりに小豆を使った饅頭が考案されたと言われている。その後、林は奈良の漢國神社の近くに住居して塩瀬という店を立て評判になった。お盆の行事として8月1日は釜の蓋と称し饅頭の日でもある。林浄因は漢國神社境内社の「林神社」に祀られ、製菓業者の信仰を集めている。
もうひとつの系統は、林が伝えたとされる年より100年ほど遡る1241年に南宋に渡り学を修めた聖一国師が、福岡の博多でその製法を伝えたと言われる。聖一は辻堂(つじのどう=現・博多駅前一丁目)に臨済宗・承天寺を創建し、博多の西、荒津山一帯をたく鉢に回っていた際、いつも親切にしてくれていた茶屋の主人に饅頭の作り方を伝授したと。このときに茶屋の主人に書いて与えた「御饅頭所」という看板が、今では東京・赤坂の虎屋黒川にある。奈良に伝わった饅頭は、ふくらしこ粉を使う「薬饅頭」で、博多のほうは甘酒を使う「酒饅頭」とされる。
日本に定着した後、餡や皮の製法にさまざまな工夫が凝らされ、種々の饅頭が作られるようになった。
生地の種類
茶饅頭
小麦粉、黒砂糖、膨張剤を用いた生地で餡を包んだ饅頭。大島饅頭・温泉饅頭とも。利休饅頭、薄皮饅頭もこの一種。観光地(特に温泉街)でのおやつやお土産にも好んで用いられる。
薯蕷(上用)饅頭 (じょうよまんじゅう)
すりおろした山芋の粘りを利用して米粉(薯蕷粉、上新粉)を練り上げ、その生地で餡等を包み、しっとりと蒸し上げた饅頭。使われる山芋にはつくね芋(京都地方)、大和芋(関東)、伊勢芋(中部地方)などがある。茶席で使われる主菓子(おもがし)のひとつ。奈良時代林浄因が作ったという伝説から、その子孫のお店の名前をとり塩瀬饅頭とも呼ばれる。
酒饅頭
酒母(酒種、麹に酵母を繁殖させたもの)を使用して小麦粉の生地を発酵させ、中に餡を入れた饅頭。虎屋饅頭とも呼ばれる。「酒饅頭」は長野市、新潟県長岡市ではあんまんのようなものであり、福井県三国では形状は平たくなり焼き印を入れてあり、岐阜県大垣市のものは茶饅頭のようなものであるなど、地域によって形状、味覚、製法が異なる。
塩饅頭
焼饅頭
主にカステラ風の生地で餡を包んだ焼き菓子の一種。唐饅頭、もみじ饅頭、栗饅頭、千鳥饅頭(福岡県)、乳菓などがこれにあたる。洋菓子や中華菓子(月餅)の影響を受けて明治時代以降に発達したとされる。オーブンで焼く物(オーブン物)、鉄板で焼く物(平鍋物、平物)などがある。さらにパイ皮やビスケット生地、スコーン生地を用いたより洋菓子に近い物(宮崎県のチーズ饅頭など)がある。また、長崎県の一口香や北海道のわかさいものように独特の製法の物もある。