痛快なりゆき番組 風雲!たけし城(つうかいなりゆきばんぐみ ふううんたけしじょう)は、TBSで1986年5月2日-1989年4月14日の金曜20:00-20:54(日本時間)に放送された、日本の視聴者参加アトラクションバラエティ番組。略称は「たけし城」。
痛快なりゆき番組 風雲!たけし城
ジャンルバラエティ
放送国 日本
制作局TBS
出演者ビートたけしほか
#主な出演者も参照
痛快なりゆき番組 風雲!たけし城
放送時間金曜20:00?20:54(54分)
放送期間1986年5月2日?1989年4月14日
号外版 風雲!たけし城
放送時間日曜10:30?11:24(54分)
放送期間1987年10月4日?1988年5月29日
2008年現在はCS放送・TBSチャンネルで再放送中(火曜22:00-23:00、翌週火曜5:00-6:00)。
目次
1 概要
1.1 内容
1.2 番組の変遷・終焉とその後
2 主な出演者
3 難関
3.1 ゲーム
3.2 カート戦
3.3 エンディング
4 エピソード・ハプニング
5 番組の影響
6 日本以外での放送
7 CS放送でNGとなるケース
8 スタッフ
9 号外版 風雲!たけし城
10 関連項目
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ビートたけしが城主をつとめる、難攻不落の「たけし城」を討ち落とすため、毎回約100人の一般応募者からなる攻撃軍を谷隼人“隊長”が率い、緑山スタジオに作られた、たけし軍が仕掛けた数々の難関(ゲーム)を攻略する。
難関を攻め行くうちに攻撃軍は次々と脱落していき、最終的に勝ち残り城主たけしを討ち落とした者が賞金100万円を獲得するルールだが、滅多なことでは最後まで勝ち残る者は出ないほどの過酷さを誇っていた。また、珍プレー好プレーなどを見せた挑戦者には「敢闘賞」として賞金10万円(学生大会では奨学金5万円)が贈られた。複数回敢闘賞を受賞した挑戦者も存在する。
ほとんどの難関で攻撃軍は挑戦するが、途中では撮影時間、出演者の人数・体力を考慮し、失格者が定数に達した時にその他の出場者は不戦勝として次に進めることもあった。
「子供の頃の原っぱでの冒険ごっこや泥遊びを再現したかった」という趣向で番組の企画にはたけし自ら携わり、セットには総工費1億円がかけられた。
この番組は「殿」がたけしの愛称として知られるきっかけのひとつとなり、たけしが“たけし城の殿”として「志村けんのバカ殿様」にゲスト出演するなどの影響も生んだ。なお、たけしは1983年5月にビートたけしのオールナイトニッポンにおいて弟子に自分を「殿」と呼ばせることにしたと発言しており、たけしの「殿」という呼称そのものはこの番組の開始以前から存在していた。
中盤からはたけし軍団によるチャレンジコーナー(デモンストレーション)が挿入され、着ぐるみなどの扮装でゲームに挑戦し、失敗した軍団メンバーのうち1人だけが「おしおき洞窟」でクレーン宙吊りやホースによる水責めなどの罰ゲームを受けるコーナーがあった。これらのコーナーは姉妹番組である『号外版 風雲!たけし城』(後述)に引き継がれた。
『ワールドプロレスリング』(テレビ朝日系)や、『太陽にほえろ!』(日本テレビ系)など、強力な裏番組の牙城を打ち崩す人気を得る。のちに、テレビ朝日の『ミュージックステーション』、日本テレビの『ジャングル』、テレビ東京の『クイズところ変われば』と互角に戦った。
1988年から番組リニューアル、緑山スタジオまたはスタジオセットでのコントコーナーが導入された。内容はたけし軍団が様々な罰ゲームに近いゲームに挑戦したり、城主と家老があの手この手で谷隊長を倒そうとするが必ず失敗するパターンのコント、時代劇や映画、サスペンスドラマのパロディコントなど。しかし番組のマンネリ化は払拭できず、『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)、同年10月に開始した『もっとあぶない刑事』(日本テレビ系)などの裏番組が人気を得ると共に視聴率が低迷し、1989年4月に放送終了した。
レギュラー放送終了後も『金曜テレビの星!』などの特別番組枠で数回放送された。