この項目では中国の戦国七雄のひとつである韓について説明しています。
朝鮮民族を構成する集団のひとつである韓(族)については三韓をご覧ください。
大韓民国(韓国)については大韓民国をご覧ください。
李氏朝鮮末期の国号については大韓帝国をご覧ください。
周代諸侯国韓
国姓姫姓韓氏
爵位侯爵
国都1. 陽?
(河南省禹州市)
2. 新鄭
(河南省新鄭市)
分封者威烈王
始祖景侯
存在時期前403年 - 前230年
滅亡原因秦により滅亡
史書の記載1. 史記
(巻45 韓世家)
韓(かん)は、中国の地方名、王朝名。地方名としての韓は現在の河南省北部の一部、山西省南部の一部、陝西省東部の一部。この項では戦国時代に存在した戦国七雄の一つの韓(紀元前403年 - 紀元前230年)を詳述する。三晋地図
韓の祖先は春秋時代の大国晋の宗族の一人、姫武子が韓の地(現在の陝西省韓城)に封じられたのを起源とする。その後、領地の名前を姓とするようになった。
春秋末期になると、韓氏は晋の大臣の一族として趙氏・魏氏などとともに晋の国政に発言力を持っていた。紀元前453年に同じく大臣の一族である知氏を滅ぼし、魏・趙とともに晋の領地を分割して独立した。その後の紀元前403年に周の王室から正式に諸侯として認められ、これより戦国時代が始まる。
戦国時代の韓は七雄の中では最弱であり、常に西の秦からの侵攻に怯えていた。申不害( - 紀元前337年)が宰相にある間は国内は安定し、秦も侵攻することができなかった。紀元前323年に宣恵王が初めて王を名乗った。しかし、申不害の死後は再び秦の侵攻に悩まされた。
そのような事態を憂慮した公子韓非はこの国を強くする方法を韓非子に著述した。韓非の言説は母国では受け入れられず、皮肉なことに秦の始皇帝により実行され、韓を滅ぼす力となった。
紀元前230年、秦により首都が陥落し、六国の中で最も早く滅亡した。
歴代君主
景侯(在位紀元前409年 - 紀元前395年)
烈侯(在位紀元前394年 - 紀元前372年)
哀侯(在位紀元前371年 - 紀元前369年)
共侯(在位紀元前368年 - 紀元前359年)(懿侯)
釐侯(在位紀元前358年 - 紀元前333年)(昭侯)
威侯(在位紀元前332年 - 紀元前326年)
宣王(在位紀元前325年 - 紀元前312年)(宣恵王)
襄王(在位紀元前311年 - 紀元前296年)(襄哀王)
釐王(在位紀元前295年 - 紀元前273年)
桓恵王(在位紀元前272年 - 紀元前239年)
王安(在位紀元前238年 - 紀元前230年)
カテゴリ: 春秋戦国 | かつて存在したアジアの国家
更新日時:2008年8月31日(日)15:37
取得日時:2008/09/24 06:06