雲南省
云南省
略称: ? / 云 (?音: Di?n / Y?n)
省会昆明市
最大都市昆明市
省委書記白恩培(前青海省委書記)
省長秦光栄(前雲南省副省長、元長沙市委書記)
面積394,100 km? (8位)
人口 (2004年)
- 人口密度44,150,000 (12位)
112/km? ( ⇒24位)
域内総生産 (2006年)
- 一人あたり400,200,000,000元 (23位)
8,961元 ( ⇒29位)
人間開発指数 (2005年)0.657 (中) (29位)
民族漢民族 - 67%
イー族 - 11%
ペー族 - 3.6%
ハニ族 - 3.4%
チワン族 - 2.7%
タイ族 - 2.7%
ミャオ族 - 2.5%
回族 - 1.5%
地級行政区16
県級行政区129
郷級行政区1565
ISO 3166-2CN-53
公式サイト
⇒http://www.yn.gov.cn
雲南省(うんなんしょう、中国語: 云南省, ?音: Y?nn?n Sh?ng, 英語: Yunnan Province)は、中国西南部の省。略称は「?(てん)」。省都は昆明。省名は雲嶺(四川省との境の山地)の南にあることに由来する。
目次
1 歴史
2 地理
2.1 行政区画
2.2 主な都市
3 少数民族
4 観光地
4.1 世界遺産
5 経済
5.1 特産
6 関連項目
7 外部リンク
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古代には中国の勢力が浸透して郡県が設置されたこともあったが、晋代には再び後退し、諸民族が分立した。唐代には南詔が出現して統一王国を形成し、宋代には大理がこれに代わった。大理はモンゴル帝国のフビライに征服され、名目的には元の雲南行中書省が置かれたが、フビライの庶子フゲチを祖とする梁王家の世襲の所領とされた。フビライが設けた三大王国、二小王国のうちの後者の一つである。この梁王国は、大理の旧王家段氏の協力のもと、1390年までこの地を支配し続けた。明の洪武帝により梁王国が滅ぼされた際、段氏は梁王家を裏切り、その功績により再びこの地の王として復帰し、大理王国を復活させようと目論んだ。しかしこの地の東アジア有数の銀山に目をつけていた洪武帝は、この地の統治を段氏に委ねることを拒否、この地を併合して直接支配下に組み込み、南詔以来の独立王国の歴史は終焉を迎えた。明代には雲南布政使司が置かれ、清代に雲南省が成立した。明代以後、漢民族が大量に流入して多数を占めるようになり、漢民族の地になった。日中戦争間は、援蒋ルートをめぐって中国国民党軍と日本軍との間で攻防戦(拉孟・騰越の戦い)が繰り広げられた。
全体に荒涼とした岩山が目立つ中国のなかで雲南省は緑の森林に恵まれている。しかも地形が複雑で、南部の低地では亜熱帯性気候もあれば、北部の高山地帯では亜寒帯性気候もあり、気候も多様である。このため、動植物相が豊富で、特に園芸の分野では新種の花卉の産地として知られる。
中華人民共和国の最西南部に位置し、南部でベトナム、ラオスと国境を接し、南部から西部にかけてミャンマーと接する。北西部はチベット自治区、北部は四川省、北東部は貴州省、東部は広西チワン族自治区と接する。
行政区画 ⇒拡大表示(SVGファイル対応ブラウザのみ)
8地級市(地区クラスの市)と8自治州が12市轄区(市管理の区)、9県級市(県クラスの市)、79県、29自治県を管轄する。