阿野家(あのけ)は、羽林家の家格を有する公家。藤原北家閑院流。滋野井庶流。阿野という名字は、元々源義朝の子で、義経の同母兄である今若丸が駿河国駿東郡阿野荘を領し、その地名を取って阿野と称したことが始まりである。
公家の阿野家は、藤原成親の子で滋野井実国の養子公佐を祖として創設された。公佐がその岳父である前述の阿野全成から阿野荘の一部を相続したことに由来する。
家業は神楽。家紋は唐花。江戸時代の家禄は478石。旧家。外様。明治維新後、子爵。
鎌倉時代の公廉の娘廉子は、後醍醐天皇の寵姫で、後村上天皇の生母となり、准三宮。南北朝期には一族のほとんどが南朝方に付くが、それが却って一族の分裂・弱体化を回避する事になり、南北朝合一後に京都に復帰した後も公家社会に留まる事を可能にしたという。
分家に山本家(羽林家・維新後 子爵)、北大路家(男爵)、玉松家(男爵)がある。(P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。
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更新日時:2008年8月25日(月)14:33
取得日時:2008/11/19 00:56