阿部野橋ターミナルビル(あべのばしターミナルビル)は、大阪府大阪市阿倍野区阿倍野筋1丁目に位置する近畿日本鉄道が保有する複合商業施設である。南側に同じ近鉄グループが運営する複合商業施設「HOOP(フープ)」、「あべの&(アンド)」が連なっている。
近鉄南大阪線の大阪阿部野橋駅や近鉄百貨店阿倍野本店などが入居する本館と、天王寺都ホテルや大阪阿部野橋駅の東改札口などが入居する東館及び付属パーキングビルからなる。
所在地は本館が大阪府大阪市阿倍野区阿倍野筋1丁目1番地43号、東館が同松崎町1丁目2番地8号、パーキングビルが同松崎町2丁目2番地43号である。
現在、本館の旧館部分は高さ約42m、新館部分が約54mであるが、近鉄は2007年8月8日に旧館部分を地上59階・地下5階建て、高さ約300mの超高層ビルに建て替えることを発表した。2009年3月に既存ビル旧館の解体工事に着手し、2014年春の完成が予定されている。
目次
1 歴史
2 本館建て替えプロジェクト
3 関連項目
4 外部リンク
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近鉄大阪阿部野橋駅の起源は、1923年の大阪鉄道(大鉄)大阪天王寺駅の開業にまで遡る。翌1924年に、大阪天王寺駅は大阪阿部野橋駅と改称する。
阪神急行電鉄(現・阪急電鉄)や南海鉄道(現・南海電気鉄道)、大阪電気軌道(大軌、現・近畿日本鉄道)が梅田や難波、上本町にターミナルビルを建設する中、大鉄もターミナルビル建設に着手し、1937年11月に第一期工事が地上7階・地下2階建てのビルとして竣工し、ビル内には大鉄百貨店が入居した。これが現在の阿部野橋ターミナルビルであり、現旧館の北半分にあたる。設計は、南海ビル(高島屋大阪店)や三宮阪神ビル(そごう神戸店)を手がけた久野節である。
大鉄はその後、大軌と系列企業の参宮急行電鉄が合併して誕生した関西急行鉄道(関急)に吸収され、百貨店は関急百貨店阿倍野店となり、関急が近畿日本鉄道と改称するにあたり、近畿日本鉄道百貨店阿倍野店となった。
1945年3月14日の大阪大空襲で、近畿日本鉄道百貨店阿倍野店は2階以上を焼失した。しかし、同年12月には復旧工事に着手し、1948年4月には全館が復旧し、近鉄百貨店阿倍野店として営業を再開した。
1956年2月にはターミナルビル南側の新館建設にも着工し、翌1957年4月に竣工し、同年12月に全館オープンし、現在の旧館部分が完成した。なお、旧館の外装も一新され、新館と併せて村野藤吾によるデザインとなった。
1983年10月、近鉄は阿部野橋ターミナル整備事業に着工した。1988年11月、既存施設の東側に地上10階・地下3階建ての新館(現・新館部分)が完成し、全館を外装・内装を含めて改装した。この時の外装も村野藤吾によるデザインで、今見る葡萄唐草文様となった。
さらに1992年には東館が開業し、隣接するJR天王寺駅直上の天王寺ステーションビル内に入居していた天王寺都ホテルが新館として入居し、阿部野橋ターミナルは現在の形となった。なお、ステーションビルに残った天王寺都ホテル本館は2003年に営業を停止している。
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前述した通り、近鉄は、2007年8月8日に阿倍野橋ターミナルビル本館の旧館部分を建て替え、ターミナルビルタワー館(仮称)として高さ310mの高さ日本一のビルとすることを発表した。このビルはシーザー・ペリによりデザインされる見込みである。完成すると、横浜ランドマークタワー(1993年開業・約296m)を抜き、日本一の高さとなる。高層ビル日本一の記録が塗り換わるのは21年振りとなる。
ただし、2003年に概要が明らかにされた2010年完成予定の東京都新宿区で計画されている西新宿三丁目西地区再開発において、東オフィス棟が高さ338m・地上77階建てでの建設を予定しているため、高層ビル日本一の記録がさらに塗り替わる可能性もある(ただしこちらは2010年の完成だが、地権者の同意の見込みがたっておらず、建設開始は未定)。
なお、タワー館内には近鉄百貨店阿倍野本店が引き続き入居するほか、美術館やオフィス、ホテルなどが入居する予定となっている。近鉄百貨店阿倍野本店については、この増床により松坂屋名古屋本店を抜いて、売場面積が日本で最大の百貨店となる予定である。同時に日本初の売場面積10万u突破の世界最大級の百貨店となる。また、駅ビルとしては、名古屋のJRセントラルタワーズを50m以上も更新して、世界一の駅ビルとなる予定である。入居するホテルもまた、日本一高層階に位置するホテルとなり、アジア系の超高級ホテルが入居する予定である。