2008年6月25日阪神鳴尾浜球場
基本情報
国籍 日本
出身地愛媛県松山市
生年月日1984年9月8日(24歳)
身長
体重184cm
76kg
選手情報
投球・打席右投左打
守備位置投手
プロ入り2002年 ドラフト4巡目
初出場2003年
年俸800万円
経歴
愛媛県立松山商業高等学校
大阪近鉄バファローズ(2003 - 2004)
オリックス・バファローズ(2005 - 2007)
阪神タイガース(2008 - )
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阿部 健太(あべ けんた、1984年9月8日 - )は阪神タイガースに所属するプロ野球選手(投手)。
松山商時代は2年夏の甲子園に出場し、ベスト4に進出した。2002年にドラフト4巡目で近鉄に入団。1年目のシーズン後半、高卒ルーキーながら一軍昇格した阿部は先発で2勝を挙げた。シーズン終盤にもう1回の先発登板機会があったが、首脳陣からは翌年の活躍を期待されており、新人王の資格を残すために首脳陣はその後一軍で登板させなかった。その当時のフォームが岩隈久志とそっくりな変則投法だった上に、阿部が岩隈の入団時の背番号をつけており、さらに痩せ型の体型という点も同じだったことから「岩隈2世」と呼ばれ期待された。しかし2年目でフォームを崩しその後は伸び悩み、首脳陣の配慮は無駄に終わってしまった。そのため、2004年の成績次第では登録名を「ケンタ」とする構想があったが、見送りになった。同年9月27日対オリックス戦(ヤフーBBスタジアム)は、近鉄球団の最終試合だったが、岩隈久志に次いで2番手として投げ敗戦投手となり、近鉄球団最後の敗戦投手となった。
2004年シーズンオフ、楽天参入時に行われた選手分配ドラフトでオリックス入りした。
2005年シーズン途中には、近鉄コーチ時代からその素質を見抜いていた久保康生がコーチを務める阪神タイガースとの間で、トレード成立が一時濃厚とも言われたものの、結局はオリックスに残留していたが、2005年・2006年の両年は、一軍での登板は主に敗戦処理でしかも数試合のみであった。2007年はついに一軍登板はなく、同年11月に平野恵一とともに、濱中治・吉野誠との2対2のトレードで阪神へ移籍が発表された。12月3日付けで阪神の支配下選手に登録され、翌12月4日に入団会見を行い、年俸は40万円アップの800万円(推定)で背番号は56番と発表された。
2008年はJFKや渡辺亮以外のリリーフ投手らの調整が遅れ、半ばタナボタのような形で開幕一軍の切符を手にする。開幕当初は敗戦処理的な場面での登板ばかりだったものの徐々にピッチング内容が評価され、夏頃にはチームのブルペンに欠かせない存在となる。結果的に自己最多の32試合に登板し、0勝1敗と勝ち星こそ無かったものの、防御率2.96という抜群の安定感を見せ、大きくチームに貢献することが出来た。
年度所属背番登板完投完了当初勝利敗戦セーブ打者投球回安打本打四球死球奪三暴投失点自責防御率
2003大阪近鉄4851122001002522360231662.16
20042001010295 1/312410308813.50
2005オリックス3030000225621170447.20
20065030000276 1/3611140334.26
2007-
2008阪神563203001020051 2/33789334017172.96
通算47110322037893 1/3831818671138383.66
初登板 2003年8月26日ロッテ戦(千葉)14-4 9回より3番手登板、1回1失点
初勝利 2003年8月31日日本ハム戦(大阪D)3-1 先発し6回2/3を1失点
初完投 2003年9月14日ロッテ戦(大阪D)5-1 被安打5 奪三振8 四死球3
関連項目
愛媛県出身の人物一覧
大阪近鉄バファローズの選手一覧
オリックス・バファローズの選手一覧
阪神タイガースの選手一覧
表・話・編・歴阪神タイガース - 2008-2009
監督72真弓明信
コーチ91木戸克彦(ヘッド) | 82岡義朗(野手チーフ) | 84久保康生(投手) | 85山口高志(投手)
86和田豊(打撃) | 87中村豊(打撃) | 89山脇光治(守備走塁) | 92久慈照嘉(守備走塁)
81吉田康夫(バッテリー) | 74伊藤敦規(トレーニング)