阿波踊り(あわおどり)は、約400年の歴史があり、徳島県(旧・阿波国)内各地の市町村で開催される盆踊りである。なかでも徳島市の阿波踊りが県内最大規模で最も有名であり、四国三大祭り、日本三大盆踊りの一つに数えられる。また、日本三大阿波踊りとして徳島、高円寺、南越谷の各阿波踊りが挙げられる。
目次
1 概要
2 起源と名称
3 連
3.1 徳島県内の有名連
3.2 高円寺阿波おどり連協会所属連
4 踊りの種類と衣装
4.1 男踊り
4.2 女踊り
4.3 その他
5 囃子
5.1 鳴り物
5.2 リズム
6 徳島市の阿波踊り
6.1 演舞場
6.2 選抜阿波踊り
6.3 踊り広場など
6.4 生中継
6.5 参加有名人
6.6 課題
7 各地の阿波踊り
8 関連文献
9 阿波踊りが登場する作品
10 関連項目
11 外部リンク
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三味線、太鼓、鉦(かね)、横笛などの2拍子の伴奏にのって踊り手の集団(「連」)が踊り歩く。女性は優雅に、男性は腰を落として豪快に踊る。
「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ、踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損々…」と唄われるよしこので知られる。しかし、よしこのは大手の有名連以外はあまり使われず、主に「ヤットサーヤットサー」という掛け声のほうが多用されている。全国的には「えらいやっちゃ」が有名なため、「ヤットサー」の知名度はあまり高くない。企業連などではこのほか商品名や会社名が入った独自のかけ声が使われたり、「1かけ2かけ3かけて、しかけた踊りはやめられぬ。5かけ6かけ7かけて、やっぱり踊りはやめられない」と言ったものも使われている。また、「ワッショイ踊り」(後述)のような邪道踊りでは「ソレソレソレ…」等と言った単にやかましいだけやバカ騒ぎをするためだけのものも存在している。
近年は徳島以外でも、各地(特に関東地方)で夏のイベントとして阿波踊りが催されており、徳島の阿波踊り連がその指導に当たっている。有名なものとして、高円寺(東京都杉並区)の商店街の青年部が、町おこしとして夏のイベント用に阿波踊りの様なものを導入し、やがて都内在住の徳島県出身者から指導を受ける形で発展した「東京高円寺阿波踊り」がある。また,埼玉県の南越谷阿波踊りや、神奈川県大和市の阿波踊りも有名である。
また、徳島県内の学校では体育祭や運動会などで「阿波踊り」を演目として採用している学校も多数あり、授業で阿波踊りを経験した地元住民も多数いる。地域住民の代表的な祭りである。
精霊踊りや念仏踊りが原形であるといわれるが、起源は明らかになっていない。徳島藩が成立して以後、盛んに踊られるようになったとされる(徳島市観光協会)。徳島城が竣工した際、当時の阿波守蜂須賀家政が城下に「城の完成祝いとして、好きに踊れ」という触れを出したことが発祥という説もある。江戸時代には、一揆につながるとの理由で阿波踊りが禁止されていた時期もあった。その令を犯し、自宅で阿波踊りを行った家老がお家断絶になったという。また戦時中にも一時阿波踊りは禁止された。
阿波踊りという名称は、徳島県内の各地で行われてきた盂蘭盆の踊りの通称であり、昭和初期からそう呼ばれるようになった。尚、徳島市や高円寺の阿波踊りでは、ポスターや看板等において専ら「阿波おどり」と表記される。
なお、名称から徳島県阿波市が阿波踊りの本場と思われることがあるが、阿波市でも阿波踊りは行われるものの、特別なことは特にない。
阿波踊りでは一つの踊りのグループの事を「連(れん)」と言う。徳島県には有名連と呼ばれる連が多数あり、主に阿波踊り振興協会と徳島県阿波踊り協会のいずれかの協会に所属している。いずれの協会にも属していない連もある。大抵の徳島県民には個人個人に贔屓の連があり、「あっこの連がええ」とか「ほらやっぱりここの連やろ」といった具合に、話題になることもある。
こうした有名連以外にも、踊りが好きな者同士が集まって結成した連、企業が企業名を売り込む目的で結成した企業連、大学のサークルなどで結成した大学連、気の合う仲間で結成した連、商店街で結成した連等、徳島県内には大小さまざまの数多くの連が存在する。