新聞記事(しんぶんきじ)は古典落語の演目の一つ。もともとは『阿弥陀ヶ池』という上方落語で、昭和初期に初代昔々亭桃太郎が改作した上で東京に移植した。
主な演者として、4代目柳亭痴楽や3代目三遊亭圓歌などがいる。
注意:以降の記述で物語・作品に関する核心部分が明かされています。
目次
1 あらすじ
1.1 前編
1.2 後編
2 上方版・「阿弥陀ヶ池」
2.1 あらすじ
3 トリヴィア
//
岩田の隠居がお茶を飲んでいると、そこへ馴染みの熊五郎がやってくる。
しばらく茶飲み話をするうち、隠居が突然こんな事をいった。
「お前さん、日ごろから新聞は読むかい?」
「読まなくても、大抵のことはわかりますよ!」
「そうかい…」
ここで隠居、急に声のトーンが下がった。
「実はな、向こう横丁にある、【天ぷら屋の竹さん】の所に泥棒が入ったんだよ…」
竹さんが寝ていると、枕元でガサガサと物音がした。慌てて電気をつけると、そこに居たのは【身の丈六尺】はあろうという大男!
「そいつが出刃包丁を突きつけてな、『金を出せ!』って脅すんだよ…」
素直に観念すればいいのだが、竹さん、なまじ剣術の心得があるものだから、護身用の樫の棒を取るとピタリと正眼に構えた。
泥棒は逆上して、ドーンと突いてくる。竹さん、ヒラリと【体】をかわして馬乗りになり、泥棒を縛ろうと…。
「その途端、泥棒が隠し持っていた【バリソン】で胸元をグサッ! 竹さん、後ろに倒れて一巻の終わりだ」
家は右往左往の大騒ぎで、そのすきに泥棒は逃げ出した。
しかし、悪いことはできないもので、五分たつかたたないうちにアゲられたのだという。
「凄い事になりましたね。しかし、よく犯人がすぐに捕まったものだ…」
「捕まる筈だよ。【入った家が、天ぷら屋】…」
何のことはない、落とし噺でからかわれただけ…。
実はこの隠居、日ごろから熊さんが『世に知らぬ物なし』と威張っているので、一つ懲らしめてやろうと待ち構えていたのだ。
熊五郎、これを聞いてすっかり感心し、自分もやってみたくなった。
早速知り合いの家に飛び込み、「天ぷら屋の竹が殺されたよ」とやってみるが、そこへ本人が出てきて大騒ぎ。
懲りずにもう一人のところへ上がり込み、強引に殺人事件を吹きまくった。
しかし、話していくうちに、ところどころおかしくなっていき…。
泥棒の身の丈が一尺六寸になったり、出刃包丁が出てこないで肥後守になったり。
挙句の果てには、『竹さんがヒラリと体をかわした』のタイが思い出せなくなり、連想ゲームまでやってのける。
「で、竹さんはその【タイ】をかわして馬乗りになり、泥棒を縛ろうとした。その途端、泥棒が隠し持っていた【バーサン】で…」
「それ、『バリソン』の事か?」
「そうそう…って、『バリソン』って何のことだ?」
「知らずに言っていたのか? バタフライナイフの事さ」
「そのナイフで胸元をグサッ! 竹さん、後ろに倒れて一巻の終わりだ」
ようやく最後の『五分たつかたたないうちに…』というところまで行き着いたが、肝心の「あげられた」が出てこない。
四苦八苦していると、向こうが先に「アゲられただろ。天ぷら屋だからな」とやってしまった。
「この野郎! それが言いたくて、わざわざ連想ゲームまでしたのに…」
「知るかよ。ところでおめえ、その話の続きを知ってるかい?」
「え?」
「竹さんのかみさんが、『もう二度と亭主は持たない』と尼になったんだ」
「どうして?」
「もとが天ぷら屋のかみさん。すぐに、衣を着けたんだ」
上方版・「阿弥陀ヶ池」
桂文屋が創作したネタで当時は新作和光寺の題で演じていた。後に初代桂春團治が阿弥陀ヶ池として現在のスタンダードな演じ方に変わった。
主な演者として、3代目桂米朝や2代目桂枝雀、桂坊枝などがいる。
アホが隠居に「新聞読みや。」と諭される。
「そんなもン。わたい新聞読まいでも世ン中のこと知ってるわ。」とアホが意地を張るので、
「ほんなら、お前和光寺知ってるか。」
「知りまへん。」
「ほれ、この前松島の帰り夜店ひやかしたやろ。」
「ああ、それやったら堀江の阿弥陀ケ池ちゃいますか。」
「そうや。ホンマの名は和光寺、阿弥陀ヶ池は境内にある池の名前で、尼寺や。」
「尼寺て何でやす。」
「女の坊ンさんを尼さんという。その尼さんがいなさるよって尼寺じゃ。」
「ははあ。ほたら男の坊ンさんは西宮か。」
「これ、神戸行きの電車乗ってンのやないで。・・・その和光寺にこの前、賊が入ったの知ってるか。」
「へ!?わたいそんなん知りまへんがな。」
「ほら見て見イ。新聞にちゃんと書いたある。せやから、新聞読まなあかんのや。」と話をし出す。 戦争未亡人の尼さん。忍んで来る泥棒が偶然夫の元部下で、それが分かって許しを請うと…。
「おまえが来たのも仏教の輪廻。誰かが行けと教えたのであろう」
「へぇ、阿弥陀が行け言いました」
「もし、それ何でんねん。」
「これは、噺家がしゃべっていたんや。(初代春團治は「曽我廼家の喜劇や」と演じていた。)」
「もし、あんじょう言うてエな。」
「せやから、新聞読まなあかんのじゃ。こうして騙されるねん。もし、あんた嘘言うたらあかん。そんなこと新聞に載ってまへんがな。と言えるやろが。」
と、こんな調子で、尼寺がある場所と説明された、阿弥陀ヶ池のほとりと掛けた洒落話で隠居に騙されてしまった。
その後、『米屋が…』という東京版と同じような与太話を聞き、知り合いの家で実践してみることに。
だが、しどろもどろで一向にうまくいかない。
「賊がなあ。おやっさんのシンネコついたんや。」
「なんやねん。そのシンネコて。」
「いや・・・そやあらへん。シントラでもなし、シンサルでもなし・・・ああ。お前、鼻の長いの知ってるか。」
「何じゃイ。藪から棒に。鼻の長いのなら天狗さんじゃろ。」
「シンテング・・・こら、ちゃうわ。いいえな。それ、もっと、あの動物園におる。」
「あんじょう物言え。そら、象やろが。」
「ああ。そうそう。シンゾウ。心臓。オオシンゾ。(おお、しんど)」
「な、あほなこと言いなや。」
これではならじと、隣町の友人宅にまで出かけてこの一件を話す。