阪神ジュベナイルフィリーズ
開催地阪神競馬場
施行日2008年12月14日
格付けJpnI
1着賞金6000万円
距離芝・外1600m
出走条件サラブレッド系2歳牝馬(混合)(指定)
負担重量54kg
第1回
施行日1949年12月18日
阪神ジュベナイルフィリーズ(Hanshin Juvenile Fillies)とは日本中央競馬会(JRA)が阪神競馬場の芝1600mで施行する中央競馬の重賞(JpnI)競走である。正式名称は農林水産省賞典阪神ジュベナイルフィリーズである。
創設時から約40年に渡り「阪神3歳ステークス」として施行され、関西の3歳(当時の馬齢表記、現在では2歳)チャンピオン決定戦だった。ミスオンワード、コダマ、マーチス、キタノカチドキ、テンポイントなど関西出身の歴史的名馬の登竜門で、1954年にJRA賞が創設されて以来36年間で18頭の優勝馬が最優秀3歳牡馬あるいは最優秀3歳牝馬に選ばれている。
1991年に大きく競走の性格が変わり、牝馬限定となって中央競馬の2歳牝馬の女王決定戦となった。
正賞は農林水産大臣賞、日本馬主協会連合会長賞。
目次
1 概要
2 主な前走
3 歴史
3.1 歴代優勝馬
3.2 阪神ジュベナイルフィリーズの記録
4 その他
5 外部リンク
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1949年に関西所属の2歳(旧3歳)競走馬のチャンピオン決定戦阪神3歳ステークスとして創設、1956年は阪神競馬場の改修工事により京都競馬場で京都3歳ステークスの名称で施行された。
1991年には牡馬と牝馬の2歳(旧3歳)チャンピオン決定戦を明確にするという理由で、第43回競走から牝馬限定の競走に変更、名称を阪神3歳牝馬ステークスとして施行されるようになった。この3歳頂点を決する重賞競走の牡牝分離については、それ以前より大井競馬場で開催されている重賞競走の東京3歳優駿牝馬が参考にされたといわれている。
更に2001年に競走馬年齢を国際基準に合わせたことに伴い、競走名称が「阪神ジュベナイルフィリーズ」となった。この「ジュベナイルフィリーズ(juvenile fillies)」とは仔の雌馬という意味である。
翌年度の桜花賞、優駿牝馬(オークス)など、牝馬クラシック路線を占う意味でも重要な一戦として位置づけられている。特に桜花賞とは全く同じ距離・コースの設定で行われるため、この競走の上位馬は翌年の桜花賞でも有力馬に挙げられる。
出走可能な競走馬は、JRAに所属するサラ系2歳(旧3歳)の牝馬及びJRAに認定された地方所属の牝馬(5頭まで)。
現在の優勝レイの配色は、赤色地に金色文字となっている。
2006年の第58回より阪神競馬場の新コースで施行されるようになった。
競走名格付施行競馬場施行距離
1デイリー杯2歳ステークスJpnII京都競馬場芝1600m
2ファンタジーステークスJpnIII京都競馬場芝1400m
3京王杯2歳ステークスJpnII東京競馬場芝1400m
地方競馬所属馬が当競走に出走するには以下の競走のいずれかで所定の成績をあげる必要がある。
競走名格付施行競馬場施行距離必要な着順
函館2歳ステークスJpnIII函館競馬場芝1200m1着
新潟2歳ステークスJpnIII新潟競馬場芝1600m1着
小倉2歳ステークスJpnIII小倉競馬場芝1200m1着
札幌2歳ステークスJpnIII札幌競馬場芝1800m1着
デイリー杯2歳ステークスJpnII京都競馬場芝1600m1・2着
ファンタジーステークスJpnIII京都競馬場芝1400m1・2着
京王杯2歳ステークスJpnII東京競馬場芝1400m1・2着
歴史
1949年 - 阪神競馬場の芝1200mの混合重賞競走「阪神3歳ステークス」として創設。
1950年 - 出走条件が別定重量51キロから別定重量52キロに変更。
1956年 - 阪神競馬場の改修工事により京都競馬場の芝1200mで「京都3歳ステークス」の名称で施行。
1957年 - 出走条件が別定重量牡馬52キロ・牝馬51キロに変更。
1959年 - この年の9月1日から日本競馬の時計表示が変更になったのに伴い、時計が1/5秒表示から1/10秒表示に変更。
1960年 - 施行コースを芝1200mから芝1400mに変更。
1962年 - 施行コースを芝1400mから芝1600mに変更。
1963年 - 松本善登が騎手として史上初の連覇。
1970年 - 出走条件が別定重量牡馬53キロ・牝馬52キロに変更。
1971年 - 出走条件が馬齢重量に変更。
1980年 - 京都競馬場の芝1600mで施行。
1984年 - グレード制施行によりGIに格付け。
1990年 - 阪神競馬場の改修工事により京都競馬場の芝1600mで施行。
1991年
出走条件が2歳(旧3歳)牝馬限定に変更。