ウィキポータル
漫画作品
日本の漫画作品
漫画家
日本の漫画家
漫画原作者
漫画雑誌
カテゴリ
漫画作品
漫画 - 漫画家
プロジェクト
漫画作品 - 漫画家
阪本 牙城(さかもと がじょう、1895年12月1日-1973年8月8日)は日本の漫画家、水墨画家。本名坂本雅城(さかもと まさき)。水墨画家としては阪本雅城を用いる。
東京府西多摩郡五日市町(現東京都あきる野市)に生まれる。五日市小学校五年生のときに同校の校章をデザインし、これは現在でも使われている。東京府立第二中学校(現東京都立立川高等学校)卒業後日本画家を志すが生活できず、岡本一平のすすめで漫画を描き始める。勤務していた中外商業新報(現日本経済新聞)や夕刊大阪新聞(現産経新聞)の家庭面に4コマ漫画を連載したが、思い切り奇想天外な作品を試したいと思い立ち、鉄の玉の中に人が入っている作品を「幼年倶楽部」編集部へ持ち込んだ。同誌編集長の笛木悌治はこの原稿を見るなり、大声で「空前絶後、古今未曾有」と評し、早速1934年1月号からこの『タンクタンクロー』の連載が始まる。この時期のほかの代表作に『ジャンケンポンチャン』(東日・大毎小学生新聞=現毎日小学生新聞=連載)。
1939年、満州(現中国東北部)に渡り、満州国政府開拓総局の広報担当嘱託となる。終戦により1946年、日本に帰国。その後は禅に傾注、1949年から臨済宗天竜寺派の大森曹玄に師事し鉄舟会に入会する。1956年、漫画家の筆を折り水墨画に専心。1961年、大森より「自適居士」の安名を受ける。1964年、五日市町町章制定の審査委員長を務めた。
外部リンク
⇒タンク・タンクローへようこそ
⇒あきる野市デジタルアーカイブ あきる野市ゆかりの人々 阪本牙城
カテゴリ: 日本の漫画家 | 日本の画家 | 東京都出身の人物 | 居士 | 1895年生 | 1973年没
更新日時:2008年7月17日(木)15:28
取得日時:2008/10/26 03:39