閏年(うるうどし、じゅんねん)とは閏がある年である。閏年でない年を平年と呼ぶ。
通常、閏年は平年より暦日または暦月が1つ多い。その余分な日・月を閏日・閏月、総称して閏と呼ぶ。閏は暦と、太陽または月の運行(太陽の運行は季節の移り変わりを、月の運行は月相を決める)とのずれを補正するために挿入される。閏の挿入規則を置閏法と呼ぶ。「閏」の字が常用漢字表に含まれていないため、うるう年とも書く。
目次
1 太陽暦
1.1 古代エジプト
1.2 ユリウス暦
1.3 グレゴリオ暦
1.3.1 グレゴリオ暦の閏年に関するトピックス
1.4 改訂ユリウス暦
1.5 閏週
2 太陰暦
2.1 ヒジュラ暦
3 太陰太陽暦
3.1 中国暦
4 閏秒
5 コンピュータシステムと閏年
6 誕生日
7 関連項目
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太陽暦では季節に暦を一致させるため、暦年の平均の長さを平均回帰年(約365.242199日)に一致させる。
通常の太陽暦では平年は365日で、閏年は閏日が挿入されて366日である。閏年は約4年に1度ある。
古代エジプトの暦には閏年はなかった。1暦年は常に365日で、4.129年に1日の割合で暦と季節がずれた。農民は暦ではなくシリウスを見ることで農作業のスケジュールを決めた。
当時すでに回帰年は365.25日という観測値が得られていたが、暦に反映されることはなかった。
ユリウス暦は紀元前46年、古代ローマで採用された。4年に1回、西暦年が4で割り切れる年(ただし、西暦はまだなかった)を閏年としていた。
1暦年は平均365.25日で、約128年に1日の割合で暦と季節がずれる。しかしこれでも閏年をおかない場合に比べれば、大きな進歩である。
ユリウス暦では閏年には2月の日数を1日増加させ、29日とする。2月である理由は古ローマ暦ではMartius(のちの3月)が年初で、Februarius(後の2月)が年末だったからである。厳密には共和制初期にIanuarius(のちの1月)を年初とするように変更されたが、まだ古い慣習が残っていた(月を数字で表すようになったのは最近であることに注意)。
ユリウス暦は1000年以上に渡って使われたため、後の世になればなるほど暦と季節が大きくずれた。ヨーロッパのキリスト教教会は325年のニカイア公会議で春分を3月21日と定め、それに従って復活祭の日付を決めていたが、16世紀には天文学上の春分は3月11日ごろとなり、大きな問題となっていた。
そこでローマ教皇・グレゴリウス13世は同世代を代表する学者たちを招集して委員会をつくり、暦の研究を行わせた。こうして1582年、グレゴリオ暦が制定された。グレゴリオ暦は数百年かけて各国で採用されて、現在に至っている。
次の規則に従って400年に97回の閏年が設けられる。1暦年は平均365.2425日(365日と5時間49分12秒)で、約3320年に1日の割合で暦と季節がずれる。
西暦年が4で割り切れる年は閏年
ただし、西暦年が100で割り切れる年は平年
ただし、西暦年が400で割り切れる年は閏年
グレゴリオ暦ではユリウス暦同様、閏年には2月が29日まである。現在のグレゴリオ暦では2月29日が閏日である。しかし西洋の古い伝統では2月24日が閏日とみなされる。詳細は欧米で2月24日が閏日であることの由来を参照。
グレゴリオ暦の閏年に関するトピックスウィキソースに ⇒閏年ニ関スル件の原文があります。
近代オリンピックの夏季オリンピックは4年に1度、4で割り切れる年に開かれる。そのため、100で割り切れて400で割り切れない年の1900年の第2回パリオリンピックを除き、閏年に開催されている。1924年より開始された冬季オリンピックも、1992年のアルベールビルオリンピックまでは夏期と同じ年に開かれていて、それまでは全て閏年である。そのため閏年に関してはスポーツ関係を中心にしばしば「オリンピックイヤー」という呼称が使われる。
アメリカ合衆国大統領選挙も同様で、最初の1789年の選挙と1900年の選挙を除き、閏年に行われている。