長屋王の変
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長屋王(ながやのおおきみ、天武天皇13年?(684年?)〜神亀6年2月12日729年3月20日)は奈良時代皇族公卿。皇親勢力の巨頭として政界の重鎮となったが、対立する藤原氏の陰謀といわれる長屋王の変で自害した。
目次

1 出自

2 系図

3 長屋王政権

4 長屋王の変

5 長屋王邸

6 長屋親王説

7 逸話

8 血縁

9 長屋王の子孫

10 長屋王が登場する作品

10.1 小説

10.2 漫画

10.3 宝塚歌劇


11 注記

12 参考文献

13 関連項目

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出自

天武13年(684年)誕生説が有力であるが、懐風藻の記事にもとづき天武5年(676年)とする説もある。父は天武天皇皇子の高市皇子、母は天智天皇の皇女の御名部皇女元明天皇の同母姉)であり、皇親として嫡流に非常に近い存在であった。

長屋王の正妃は草壁皇子元明天皇の娘吉備内親王で、文武天皇元正天皇と同母姉弟であった。夫婦の間には膳夫王(かしわでおう)、葛木王(かつらきおう)、鉤取王(かぎとりおう)らがいる。

また藤原不比等の娘・藤原長娥子との間に安宿王(あすかべおう)、山背王(やましろおう)、黄文王(きぶみおう)らをもうけたほか、円方女王(まどかたじょおう)(母は智努女王か)らの子女があった。


系図

 (38)天智天皇
(中大兄皇子) (41)持統天皇
    
       (43)元明天皇
 
       (39)弘文天皇
(大友皇子) 葛野王 池辺王 (淡海)三船
    
       施基皇子
(田原天皇) (49)光仁天皇 (50)桓武天皇           
              
  (40)天武天皇
(大海人皇子) 草壁皇子 (44)元正天皇  早良親王
(崇道天皇)
      
           (42)文武天皇 (45)聖武天皇 (46)孝謙天皇
(48)称徳天皇
   
           吉備内親王
 
      長親王 智努王
(文屋浄三) 大原王 文室綿麻呂
    
      舎人親王
(崇道尽敬皇帝) 御原王 小倉王 (清原)夏野
     
           (47)淳仁天皇
 
      大津皇子    ◇   ◇ 貞代王 (清原)有雄
     
      高市皇子 長屋王 桑田王 磯部王 石見王 (高階)峰緒
高階氏へ〕
      



長屋王政権

長屋王は慶雲元年(704年)正四位上に直叙され、和銅2年(709)従三位宮内卿、同3年式部卿、霊亀2年(716年)には正三位に叙せられている。平城京遷都後、右大臣藤原不比等が政界の中心となり、舎人親王や長屋王ら皇親勢力がこれに対する形であった。ただし、長屋王が不比等の娘を妻としていた関係で、不比等の生存中はむしろ王の立場は親藤原氏的存在であったとみる説もある。

霊亀3年(717年左大臣石上麻呂が死去すると、翌年長屋王は非参議から一挙に大納言に任ぜられ、太政官で右大臣藤原不比等に次ぐ地位を占める。さらに、藤原不比等が養老4年(720年)に没すると、その子である藤原四兄弟武智麻呂房前宇合麻呂)はまだ若く、議政官になっていなかったため、長屋王は皇親の代表として政界の主導者となった。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki