鎮台
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鎮台(ちんだい)は、1871年から1888年まで置かれた日本陸軍の編成単位である。常設されるものとしては最大の部隊単位であった。兵制としては御親兵の後を継ぐもので、鎮台の設置とその後の徴兵制実施をもって日本の近代陸軍の始まりとする。師団への改組で廃止された。
目次

1 概要

1.1 略史

1.2 歴史


2 各鎮台歴代幹部

2.1 仙台鎮台

2.1.1 東北鎮台司令長官

2.1.2 仙台鎮台司令長官

2.1.3 仙台鎮台司令官

2.1.4 参謀長


2.2 東京鎮台

2.2.1 司令長官

2.2.2 司令官

2.2.3 参謀長


2.3 名古屋鎮台

2.3.1 司令長官

2.3.2 司令官

2.3.3 参謀長


2.4 大阪鎮台

2.4.1 司令長官

2.4.2 司令官

2.4.3 参謀長


2.5 熊本鎮台

2.5.1 鎮西鎮台司令長官

2.5.2 熊本鎮台司令長官

2.5.3 熊本鎮台司令官

2.5.4 参謀長

2.5.5 参謀副長


2.6 広島鎮台

2.6.1 司令長官

2.6.2 司令官

2.6.3 参謀長



3 関連項目

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概要


略史

1871年(明治4年)4月 - 東山鎮台(石巻)、西海鎮台(小倉)設置。

同年8月 - 東山鎮台、西海鎮台を廃止。東北鎮台(石巻)、東京鎮台、大坂鎮台、鎮西鎮台(熊本)を置く。

1872年(明治5年)4月1日 - 鎮西鎮台が熊本鎮台に改称。

1873年(明治6年)1月9日 - 東北鎮台が仙台鎮台に改称。

同年7月 - 名古屋鎮台、広島鎮台を設置。

1879年(明治12年)9月 - 鎮台司令長官の呼称を鎮台司令官に変更。

1888年(明治21年)5月12日 - 鎮台を廃し、師団に改組。


歴史

鎮台はフランス陸軍に範をとった陸軍編成である。当初日本における陸軍の役割は、外征ではなく、国内の治安維持であった。そのため、平時の編成としては鎮台のみ置くこととして、戦時には機動性に欠ける鎮台を旅団(明治18年以降は師団)に臨時改組することにした。

鎮台の数は、設置当初の1871年には日本の辺境部の港町あるいはその近くのみに計2つ設置されたが、同年8月29日明治4年7月14日)の廃藩置県により全国が明治政府の直轄となったのに合わせて4に拡大され、港湾施設との関係が薄くとも内陸の主要地に設置された。このときの鎮台は、御親兵から転じた者と、士族からの志願者で編成された。

1873年に2つの鎮台が増設され、北海道を除く地域を、6軍管区、14師管区に分けた。軍管区には鎮台、師団管区には営所が置かれた。新たに設けられたのは名古屋鎮台と広島鎮台で、大阪鎮台から北陸地方が名古屋鎮台に、中国・四国地方が広島鎮台にそれぞれ移管された。この年徴兵令施行とともに、徴兵された兵士が鎮台に入隊するようになった。北海道には徴兵令が施行されず、かわりに屯田兵が置かれた。

徴兵の比率はしだいに高くなったが、士族中心の軍隊から急激に変化したわけではない。鎮台時代最大の戦争だった西南戦争では、正規の鎮台兵に加えて近衛兵、屯田兵、警察巡査、追加募集の兵が士族出身兵として加わり、あわせて士族が官軍将兵の半数を占めた。


明治6年7月当時の軍管区・営所

軍管区・鎮台営所歩兵連隊
第一軍管区・東京鎮台東京歩兵第1連隊
佐倉歩兵第2連隊
新潟歩兵第3連隊
第二軍管区・仙台鎮台仙台歩兵第4連隊
青森歩兵第5連隊
第三軍管区・名古屋鎮台名古屋歩兵第6連隊


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki