鎖国
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鎖国(さこく)は、江戸幕府が日本人の海外交通を禁止し、外交貿易を制限した政策のこと。また、そこから生まれた外交関係における孤立状態を指す。しかし、実際には孤立しているわけではなく、外交だけでなく貿易の権限を幕府が制限・管理した体制である。

「鎖国」は日本だけにみられた政策ではなく、同時代の東アジア諸国においても「海禁政策」が採られた。現代歴史学においては、「鎖国」ではなく、東アジア史を視野に入れてこの「海禁政策」という用語を使う傾向がみられる。
目次

1 語源

2 政策の概要

2.1 経過

2.2 内容


3 鎖国の背景

3.1 別説


4 鎖国の評価

5 四口

5.1 長崎口

5.2 対馬口

5.3 薩摩口(琉球口)

5.4 蝦夷口


6 鎖国の終焉

7 関連項目

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語源

鎖国という言葉は、江戸時代蘭学者である志筑忠雄享和元年(1801年)の『鎖国論』においてはじめて使用した。

エンゲルベルト・ケンペルという人物が、江戸参府旅行を経て帰国後書いた著書『日本誌』(1712年刊)の中の、巻末の一章にあたる「日本国において自国人の出国、外国人の入国を禁じ、又此国の世界諸国との交通を禁止するにきわめて当然なる理」という題名を、志筑が「鎖国論」と変更した。この「鎖国」という言葉は、その際の新造語であり、実際に鎖国という言葉が普及するのは明治以降で、それ以後は以前の政策も鎖国の名で呼ばれることになった。そのため、近年では「鎖国」ではなく、他の東アジア諸国でも見られた「海禁」にあらためようとする動きがある。なお、当然ケンペルはいわゆる鎖国体制を肯定する立場である。

要約すると、「日本のように他国よりも資源に富み、勤勉な国民により産業が発達している国、つまり自給自足で豊かな国が、何も求めるものの無い外国人からの奸悪・貪婪・詐欺・戦争などから守るために、門戸を閉ざすのは適切で、そうするべきである」というもので、志筑の造語(鎖国)もこの立場からの言葉であった。



政策の概要


経過

鎖国体制は、秀忠の時代に始まり家光の時代、寛永年間に完成した。

元和2年(1616年)()以外の船の入港を長崎平戸に限定する。

元和9年(1623年イギリス、平戸商館を閉鎖。

寛永元年(1624年)(スペイン)との国交を断絶、来航を禁止。

寛永8年(1631年奉書船制度の開始。朱印船に朱印状以外に老中奉書が必要となった。

寛永10年(1633年)第1次鎖国令。奉書船以外の渡航を禁じる。また、海外に5年以上居留する日本人の帰国を禁じた。

寛永11年(1634年)第2次鎖国令。第1次鎖国令の再通達。

寛永12年(1635年)第3次鎖国令。中国・オランダなど外国船の入港を長崎のみに限定。日本人の渡航と帰国を禁じた。

寛永13年(1636年)第4次鎖国令。貿易に関係のないポルトガル人とその妻子(日本人との混血児含む)287人をマカオへ追放、残りのポルトガル人を長崎出島に移す。

寛永14年〜15年(1637年1638年島原の乱

寛永16年(1639年)第5次鎖国令。ポルトガル船の入港を禁止。

寛永17年(1640年)マカオより通商再開依頼のためポルトガル船来航。幕府、使者61名を処刑。

寛永18年(1641年)鎖国体制の完成。オランダ商館を出島に移す。

正保4年(1647年)ポルトガル船2隻、国交回復依頼に来航。幕府は再びこれを拒否。以後、ポルトガル船の来航が絶える。


内容

鎖国体制下では民間貿易は厳禁され、管理貿易が以下の四ヶ所、

オランダ・中国は長崎会所で、

朝鮮対馬藩経由で、

琉球薩摩藩経由で、

アイヌ松前藩経由で、

おこなわれた。このうち貿易額は対中貿易が最も多く、対オランダ貿易はさほどでもなかった。 なお中国は朝貢以外の貿易を認めていなかったため、対中貿易を担っていたのは民間の中国商人だった。

当初は日本側の大幅な輸入超過であり金銀が大量に海外に流出したため、正徳5年(1715年)に海舶互市新例(正徳長崎新令)を定めて貿易量を制限した。 以降長崎貿易はあまり振るわなくなった。 ちなみにこれにより年間の貿易船数も制限されたため、貿易量を少しでも増やすべくオランダ船のトン数は徐々に増えていったという。 幕府は自由な民間貿易を厳重に取り締まっていたものの、実際には来航した外国船と日本商人との間に密貿易がおこなわれていたという。

朝鮮通信使 - 琉球使節 - オランダ・唐風説書 - 漂流民の取り調べ


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Smilegreen