鉄道附属地(てつどうふぞくち)は、19世紀末から20世紀前半の中国に存在した行政権や治外法権をもつ鉄道会社所有地のこと。
ロシア帝国では、モスクワからウラジオストクに至るシベリア鉄道の一部[1]として清国を縦断する東清鉄道が計画された。
1896年にロシアは清国と条約(露清密約)を結び、鉄道の建設に必要な土地の管理権を獲得した。これがいわゆる「鉄道附属地」である。
そしてロシアはこの条約を拡大解釈し、単なる土地の所有権だけでなく、清朝の行政権が及ばない排他的行政権を認めさせた。そして線路や駅など本来の鉄道用地のみならず、鉄道から数百メートルも離れた用地をも鉄道附属地とし、鉱山や都市などを開発した。
1906年に日本の国策会社南満州鉄道が設立されると、この鉄道附属地制度も継承した。(詳細は満鉄附属地を参照)
東清鉄道の付属地
1917年にロシア革命が勃発し、革命政府が中国内の権益の放棄を宣言した。そのため中国は1921年に附属地の行政権を回収し、「東省特別区」を設置した。
南満州鉄道の附属地
満州国の成立後、1937年に行政権が移譲された。
脚注^ ロシア国内のみを通る国内線が完成するのは1916年である。
関連項目
東清鉄道
南満州鉄道
満鉄附属地
パナマ運河地帯
カテゴリ: 内満州 | 植民地 | 鉄道の歴史
更新日時:2008年7月27日(日)01:48
取得日時:2008/11/16 13:37