鈴木 秀雄(すずき ひでお、1917年6月4日 - )は、大蔵官僚。
目次
1 人物
2 略歴
2.1 学歴
2.2 職歴
2.3 参考文献
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父・鈴木商店(味の素の前身)第二代社長鈴木忠治と母マスの七男として神奈川県三浦郡葉山村に生まれる。
入省後まもなく海軍に入隊。終戦時、海軍少佐だったためB級戦犯容疑者として逮捕された。裁判では検事から死刑を求刑され、禁固15年の判決が下る。長い拘禁状態の後、サンフランシスコ講和条約の直前に仮釈放された。
ニクソン・ショック時にはIMF・世界銀行理事として後輩の柏木雄介(大蔵省顧問)にアドバイスを与えた。
兄弟には、長兄・鈴木三千代(三楽オーシャン(後のメルシャン)会長)、次兄・鈴木松雄(昭和電線電纜社長)、三男・鈴木竹雄(東京大学名誉教授)、四男・鈴木義雄(通商産業省重工業局長、日揮社長)、五男・鈴木治雄(昭和電工社長)、六男・鈴木正雄(三菱重工業副社長)、八男・鈴木泰雄(多摩電気工業会長)がいる。東大在学中には兄・竹雄が教えたこともある。竹雄の恩師田中耕太郎は秀雄が優秀なので、大学に残してはどうかと言ったという。
職歴
1940年 - 大蔵省入省、まもなく海軍入隊
海軍施設部経理課長、総務課長
1951年 - 大蔵省復帰
1965年5月 - 大蔵省国際金融局長
1966年10月 - 大蔵省退職、その後IMF・世界銀行理事
参考文献
塩田潮『霞ヶ関が震えた日』(講談社文庫、1993年)
カテゴリ: 日本の財務官僚 | 日本の海軍軍人 | 神奈川県出身の人物 | 1917年生
更新日時:2008年8月17日(日)12:05
取得日時:2008/10/03 15:21