野球場
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概要図明治神宮野球場

野球場(やきゅうじょう)とは、野球を行うための運動場である。単に「球場(きゅうじょう)」と呼ぶこともある。
目次

1 歴史

1.1 アメリカにおける野球場の歴史

1.2 日本における野球場の歴史


2 野球場の規格

3 野球場のフィールド

3.1 野球場と芝

3.1.1 天然芝

3.1.2 人工芝

3.1.3 土



4 付帯設備

4.1 フェンス

4.2 バックネット

4.3 ファウルポール

4.4 スコアボード

4.5 バックスクリーン

4.6 ブルペン

4.7 プレーヤーズベンチ

4.8 観客席(スタンド)

4.9 照明


5 ボールパーク(ball park)

5.1 アメリカにおける1990年代からの新球場建設ブームの背景[2]


6 ドーム球場

7 特徴のある野球場

7.1 日本国内

7.2 海外


8 多目的施設としての野球場

9 関連項目

10 脚注

11 外部リンク

//


歴史


アメリカにおける野球場の歴史


日本における野球場の歴史

日本初の野球場は、日本初の野球チームとされる新橋アスレチック倶楽部(新橋鉄道局の職員によって結成)が新橋駅近くに設けた保健場とされる。学生の間で野球が盛んになり学生野球が発展すると、早稲田大学戸塚球場慶應義塾大学が三田綱野球場、明治大学が明治大学球場などを作った。また、電鉄会社も沿線開発の一環として、阪神電気鉄道鳴尾球場阪急電鉄の前身である箕面有馬電気鉄道、京阪神急行電鉄がそれぞれ豊中球場宝塚球場を建設している。

日本初の本格的な野球場は1924年大正13年)8月1日兵庫県西宮市にできた阪神甲子園球場であり、さらに二年後の1926年には東京明治神宮野球場が完成する。1936年昭和11年)にプロ野球が始まった。この年は甲子園球場を基本に鳴海球場や宝塚、戸塚、上井草洲崎の球場を使用してゲームをしていた。翌年の1937年5月1日に甲子園球場と同じ市に西宮球場が、9月11日東京都文京区後楽園球場が完成。この3球場を基礎にプロ野球は興行された。1940年には海を渡り大連、奉天、新京でも試合を行ったが、1944年8月を最後に戦前のプロ野球は中断に追い込まれる。そして戦後1946年にプロ野球が再開された。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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