醍醐寺
金堂(国宝)
所在地京都府京都市伏見区醍醐東大路町22
位置 ⇒北緯34度57分3.57秒
東経135度49分10.51秒
山号醍醐山、深雪山(上醍醐寺)
宗派真言宗醍醐派
寺格総本山
本尊薬師如来(重要文化財)
創建年貞観16年(874年)
開基聖宝
札所等真言宗十八本山第十二番
近畿三十六不動尊第二十三番(上醍醐)
西国三十三箇所第十一番(上醍醐)
西国薬師四十九霊場第三十九番
役行者霊跡札所
文化財醍醐寺境内(史跡)
金堂、五重塔、木造薬師如来及両脇侍像ほか(国宝)
清滝宮本殿、絹本著色阿弥陀三尊像、木造薬師如来及両脇侍像ほか(重要文化財)
三宝院庭園(特別史跡、特別名勝)
世界遺産
表・話・編・歴
五重塔林泉と弁天堂三宝院唐門仁王門(西大門)開山堂(手前)と如意輪堂(奥)(上醍醐)開山堂(上醍醐)清瀧宮拝殿(上醍醐)准胝堂(上醍醐)薬師堂(上醍醐)五大堂(上醍醐)如意輪堂(上醍醐)醍醐水(上醍醐)客殿・寺務所(上醍醐)女人堂(上醍醐)門前のしだれ桜五重塔壁画 大日如来
醍醐寺(だいごじ)は、京都府京都市伏見区醍醐東大路町にある真言宗醍醐派総本山の寺院。山号を醍醐山(深雪山とも)と称する。本尊は薬師如来、開基(創立者)は理源大師聖宝(しょうぼう)である。古都京都の文化財の一部として世界遺産に登録されている。伏見区東方に広がる醍醐山(笠取山)に200万坪以上の広大な境内をもつ寺院である。豊臣秀吉による「醍醐の花見」の行われた地としても知られる。
目次
1 歴史
2 伽藍
2.1 下醍醐
2.2 上醍醐
3 年中行事
4 文化財
4.1 国宝
4.2 重要文化財
4.3 焼失した文化財
5 教育機関
6 施設
7 周辺情報
8 アクセス
9 隣の札所
10 関連項目
11 外部リンク
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醍醐寺の創建は貞観16年(874年)、空海の孫弟子にあたる理源大師聖宝が准胝観音(じゅんていかんのん)並びに如意輪観音を笠取山頂上に迎えて開山、聖宝は同山頂付近を「醍醐山」と名付けた。
醍醐寺は山深い醍醐山頂上一帯を中心に、多くの修験者の霊場として発展した後(この場所を「上醍醐」と呼称する)、醍醐天皇は醍醐寺を自らの祈願寺とすると共に手厚い庇護を掛け、その圧倒的な財力によって醍醐山麓の広大な平地に大伽藍「下醍醐」が発展することになる。
その後応仁の乱など相次ぐ戦争で下醍醐は荒廃し、五重塔しか残らないありさまであった。しかし豊臣秀吉による「醍醐の花見」をきっかけに紀州などからの寺院建築の移築や三宝院の建設などにより今日見るような姿となっている。
1939年夏、上醍醐を襲った山火事で短時間の間に、経蔵など点在する建築が焼失した。
1995年1月17日に発生した兵庫県南部地震の影響で、五重塔、金堂などの漆喰がはがれた。