酒井一圭
プロフィール
リングネーム酒井一圭
(元酒井一圭HG)
本名酒井一圭
ニックネームブラック、はっちゃく
身長186cm
体重96kg
誕生日1975年6月20日
出身地 日本・大阪府吹田市
所属マッスル
表・話・編・歴
酒井 一圭(さかい かずよし、1975年6月20日 - )は、 子役出身の日本の俳優。大阪府吹田市生まれ。競馬評論家、プロデューサー、プロレスラーという顔も。
目次
1 略歴
1.1 俳優以外の活動
1.1.1 競馬予想家
1.1.2 マッスル戦士
1.1.3 プロデューサー
2 人物
3 出演作品
3.1 テレビ
3.1.1 ドラマ
3.1.2 バラエティなど
3.2 映画、ビデオ
4 舞台
5 その他
6 プロレス
7 外部リンク
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あばれはっちゃくに憧れて8歳で東京宝映に入団。9歳で山中恒の児童小説が原作の『あばれはっちゃくシリーズ』の最終作『逆転あばれはっちゃく』、主人公のはっちゃくこと5代目桜間長太郎でデビュー。番組終了後、学業専念のため自らの意志で芸能界から一旦は距離を置くも、10年弱のブランクを経て横浜ばっくれ隊シリーズで復帰。
伝説の名匠テレンス・マリック監督のアカデミー賞ノミネート作品『シン・レッド・ライン(THIN RED LINE)』に日本人捕虜役として出演、特攻隊を志願し戦死した元プロ野球投手・石丸進一を描いた「人間の翼?最後のキャッチボール?」など内外問わず豊富なキャリアを積んでいる。
東映製作のスーパー戦隊シリーズで高視聴率を記録した2001年作『百獣戦隊ガオレンジャー』では、恋多き小心者、ガオブラック(牛込草太郎)を好演。
新宿ロフトプラスワンで「しんじゅく酒井祭」という単独トークライブを主催していたが、2006年から同所でプロデューサーとしても活躍するようになる。他にも出版物として対談集「酒井祭」。スーパー変態シリーズ「クラッシャーカズヨシ」など、キャスティングや映像制作、プロデュースなど多方面で活動中。
2007年4月13日の金曜に『クラッシャーカズヨシ?怒る?』の撮影中、ジャンプアクションの着地の際に右足首を脱臼骨折し、北里研究所病院に搬送され即日入院。複雑骨折の重傷であったが手術は成功。40日の入院生活を経て退院。退院日に車を運転するなど、術後の経過としては驚異的な回復力を見せた。2008年5月にボルトとプレートの抜釘手術成功し現在は復活を遂げている。
競馬に造詣が深い。幼少時代から親戚らの影響で競馬に触れ、小学校卒業時にJRA競馬学校のある千葉県白井市に移り住み、近隣の牧場で馬に触れながら本格的に競馬にのめりこむようになる。東京競馬場があるからという理由で20歳から府中市に住むようになり、現在も府中市在住。本棚には獣医学や競馬史、世界中の血統書が並ぶという。独創的な競馬予想のスタイル(酒井の法則)を中学時代に考案、本命対抗単穴1点で時折万馬券を仕留めるシンプルな予想は大きな反響と支持を受け続けている。週刊誌や競馬専門チャンネルに出演など、中央競馬のみならず一時は南関東競馬の予想配信なども行っていた。参加中の馬券総合倶楽部では3年連続総合ランキング首位。回収率も年間100%を上回る。(主な的中2005年の天皇賞秋の120万馬券、2007年の有馬記念の80万馬券)
2005年10月2日にDDTプロレスリング内の別ブランド「マッスル」に参戦した。直後のマッスルハウス後楽園ホール大会で衝撃のプロレスデビューを果たす。バックドロップホールドで見事デビュー戦を白星で飾るという快挙。ここではプロデューサー鶴見亜門(演じているのは俳優の今林久弥)の意向として「酒井一圭改め、酒井一圭HG」としてレイザーラモンHGのような衣装とハードゲイキャラで出場することになった。プロレスファン、関係者も賞賛のナイスファイト。まさに俳優として、レスラーとして、名実共に芸(ゲイ)の幅を広げた格好である。翌2006年5月4日のマッスルハウス2後楽園ホール大会(VSマンモス半田戦)では、実の息子(当時1歳7ヶ月)を抱っこ紐で抱えたまま試合をするという前代未聞のExperimental fightを展開。この衝撃はネットなどで賛否を巻き起こした。現在も参戦中。入場曲は『GOLDFINGER'99』。
酒井祭の担当プロデューサーの斉藤友里子がイベント前の楽屋で「焼肉を極めるか、ラーメンを極めるか」と副業の構想を熱弁する酒井に「その前にここで働きませんか?」と言ったのがことの発端。後日、酒井の府中の自宅まで出向き酒井の妻に「酒井さんを下さい!」と挨拶したとイベントで酒井の証言。2006年5月15日付で、ロフトプロジェクトプロデューサーに就任。