都営バス千住営業所(とえいバスせんじゅえいぎょうしょ)は、東京都足立区梅田2丁目の日光街道沿いにあり、主に足立区内の路線を担当している営業所である。営業所記号は「H」を用いる。なお、東京都交通局の職員住宅である千住寮が隣接している。
目次
1 沿革
2 現行路線
2.1 草41系統
2.2 草43系統
2.3 端44系統
2.4 北47系統
2.5 王49系統
3 撤退路線
3.1 王30系統→有30系統
3.2 墨38系統
3.3 里48系統
3.4 東22乙系統
4 備考
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草41系統エアロミディロング(H-K601)
草41:足立梅田町 - 放水路土手下 - 尾竹橋 - 町屋駅 - 三河島駅 - 鶯谷駅 - 中入谷 - 浅草寿町
第二次世界大戦終了時には、既に西新井橋 - 道灌山下が開通する。
1946年3月15日:11系統・西新井橋 - 浅草寿町間に変更。
1952年7月5日:西新井橋 - 蛎殻町間に延長。
1952年9月7日:千住梅田町 - 蛎殻町間に延長。
1954年6月1日:足立梅田町 - 蛎殻町間に延長。
1958年11月1日:足立梅田町 - 東京駅八重洲口間に延長。
1966年3月10日:系統分割を行い、足立梅田町 - 浅草寿町(11系統)と日暮里駅 - 東京駅八重洲口(65系統)になる。
足立梅田町 - 浅草寿町間を三河島駅・入谷鬼子母神経由で結ぶ路線である。
終戦時に、西新井橋(現:千住桜木) - 道灌山下間として開通。その後、西新井橋 - 浅草寿町間、浅草寿町 - 蛎殻町間、足立梅田町 - 西新井橋間、蛎殻町 - 東京駅八重洲口間を延長し、1958年に足立梅田町 - 浅草寿町 - 東京駅八重洲口間となる。しかし、1966年の再編によって、現在の草41系統の前身の11系統:足立梅田町 - 浅草寿町と65系統:日暮里駅 - 東京駅八重洲口間に分割され、1972年の系統番号変更により、旧・11系統を草41系統と改称して現在に至る。 なお、1981年の再建計画では足立梅田町 - 日暮里駅間への短縮・区間変更も検討されたが、再編実施対象から外れている。
中型車による運行が主体のため、混雑している時間帯が多い。2005年4月から中型ロングノンステップバス(エアロミディMK27HMのK代600番台)も指定ダイヤに入るようになった。これら以外に、多客時(7月第3木曜日の足立の花火大会や隅田川花火大会、台東区入谷の朝顔市)には輸送力が不足するため、大型車両が運用されることがある。
中型車が重用されている理由としては、千住車庫 - 足立梅田町間の回送経路に狭隘区間があるためである。中型車の出庫は千住車庫から一旦日光街道(国道4号)に出た後、東武伊勢崎線沿いに梅田七丁目を経由して足立梅田町へ向かう。入庫は足立梅田町北側のT字路を右折し、梅島駅南側の交差点から旧日光街道を通って千住車庫に着く。 前述の理由から、ノンステップバス並びに大型車に関しては、千住車庫から荒川沿いを通って放水路土手下を経由し、足立梅田町に至る迂回的な経路をとる。
なお、三ノ輪駅←千住車庫間の出入庫の際は草43系統として営業運行される。終点の三ノ輪駅で客を降ろした後、国際通りを経由し浅草寿町へ回送される。
草43系統
草43:浅草雷門 - 浅草公園六区 - 三ノ輪駅 - 千住車庫 - 足立区役所(主に平日)
草43:浅草雷門 - 浅草公園六区 - 三ノ輪駅 - 千住車庫(主に土曜・休日)
草43:三ノ輪駅←千住車庫(早朝のみ)
第二次世界大戦終戦時には、13系統・千住車庫 - 三ノ輪橋間の路線が存在している。
1946年3月15日:三ノ輪橋 - 浅草寿町間を延長する。
1947年4月21日:千住車庫 - 三ノ輪橋 - 昭和通り経由 - 上野駅間に変更・延長。
1947年度:千住車庫 - 上野駅 - 押上間に延長。
2003年11月14日:浅草雷門バス停の乗り場を変更。
2004年1月5日:千住車庫 - 足立区役所間を平日に限り延長する。